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中村草田男を読む1〜10(『長子』1〜10)
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句集『長子』 |
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貝寄風に乘りて歸郷の船迅し
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『長子』刊行年
昭和10年(1936) 草田男35歳 |
鑑賞日
2005年 10/19 |
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〈貝寄風〉は[かひよせ]とルビ 貝寄風は春の季語である。陰暦の二月二十二日に大阪の四天王寺で行われる聖霊会の舞台に立てる筒花を、難波の浜辺に吹き寄せた貝殻を集めて作ったので、それにちなんで聖霊会の前後に吹く風を貝寄風(かいよせ)という。 |
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句集『長子』 |
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土手の木の根元に遠き春の雲
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『長子』刊行年
昭和10年(1936) 草田男35歳 |
鑑賞日
2005年 10/20 |
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単なる写生句のように見えるが、憧れのような心情を感じる。「土手の木の根元」は即ち自分であり、それが「春の雲」に遠いのである。 |
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句集『長子』 |
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夕櫻あの家この家琴鳴りて
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『長子』刊行年
昭和10年(1936) 草田男35歳 |
鑑賞日
2005年 10/21 |
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典型的な日本情緒。庶民のそれではなく上流階級に属するものである。 |
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句集『長子』 |
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夕櫻城の石崖裾濃なる
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『長子』刊行年
昭和10年(1936) 草田男35歳 |
鑑賞日
2005年 10/22 |
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裾濃(すそご)というのは、衣服の染め方で、上方を淡く、下方にゆくにしたがって次第に濃く染めた物のことである。 |
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句集『長子』 |
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そら豆の花の黒き目數知れず
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『長子』刊行年
昭和10年(1936) 草田男35歳 |
鑑賞日
2005年 10/23 |
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そら豆の花を見たことがないのであるが、この句を読むと、そら豆の花はいかにもこんな感じだなあ、という感覚が生まれる。すなわち写生句として優れているということである。また同時に作者の内面の陰の部分を強く感じさせてくれる句である。その意識されない無意識の領域から無数の黒い目が見ているというような感覚である。 そら豆の花は調べてみると下のような花であるらしい。
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句集『長子』 |
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花圃いまも水栓漏るゝ音ばかり
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『長子』刊行年
昭和10年(1936) 草田男35歳 |
鑑賞日
2005年 10/24 |
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〈松山中学校にて〉と前書のある句のなかの一句 花圃(かほ)というのは花畑のことである。昔日の日を過ごしたことのある松山中学校に行ってみると、昔そうであったように今も花壇の脇の水道の栓から水が漏れている音がしている、というのである。時間が流れていないような感覚というか、過去のある時間の中に突然入ってしまったような感覚というか、そんな誰でもが経験する感覚である。花圃のそばの水栓が漏れているという小さな事柄を描くことによって、この時間感覚が表現され得ている。 |
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句集『長子』 |
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橙は實を垂れ時計はカチ\/と
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『長子』刊行年
昭和10年(1936) 草田男35歳 |
鑑賞日
2005年 10/25 |
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時間が静止している。時計はカチカチと鳴っているのであるが時間は静止している。あるのは“今”である。そういう普遍的な感覚である。 |
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句集『長子』 |
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町空のつばくらめのみ新しや
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『長子』刊行年
昭和10年(1936) 草田男35歳 |
鑑賞日
2005年 10/28 |
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「古里に帰ってきても過去の記憶の堆積があるばかり、人々は旧態依然の生活をしているのみ。この空に飛んでいる燕のみが私には新しく感じられる」というような感じであろうか。この句の前には 啓蟄の運動場と焦土のみ のような句が並んでいる。 |
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句集『長子』 |
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父の墓に母額づきぬ音もなし
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『長子』刊行年
昭和10年(1936) 草田男35歳 |
鑑賞日
2005年 10/29 |
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「・・・音もなし」がすべてを言い表している。俳句は余韻・余白の文学である。この「・・・音もなし」の後に続く深い余韻を味わいたい。 |
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句集『長子』 |
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はゝそはの母と歩むや遍路来る
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『長子』刊行年
昭和10年(1936) 草田男35歳 |
鑑賞日
2005年 10/30 |
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自分の命の源である母。「はゝそは」という枕詞はそのような思いが込められて発せられる言葉のように思える。そういう存在である母と歩いている。そして向こうから遍路がやって来る。 |
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