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中村草田男を読む11〜20(『長子』11〜20)

11/choushi 11

句集『長子
春  
歸郷

坂に来て突くや遍路の杖白し
『長子』刊行年
昭和10年(1936)
草田男35歳
鑑賞日
2005年
10/31

 この「白」が妙に印象的である。坂に来て一休みということで杖を突いている、あるいは今までは平坦な道で必要なかった杖を使い出した、というのである。その時に遍路が持つ杖の白が草田男にとって印象的だったのであろう。無の象徴である白。何かこの世的ではないものの象徴である白。そんな感覚が草田男の心を過ったかもしれない。


12/choushi 12

句集『長子
春 

とらへたる蝶の足がきのにほひかな
『長子』刊行年
昭和10年(1936)
草田男35歳
鑑賞日
2005年
11/1

 〈足〉は[あ」とルビ

 なんとも匂やかで性的である。自然の持つそのようなものを見事に捉えている。


13/choushi 13

句集『長子
春 

つばくらめ斯くまで竝ぶことのあり
『長子』刊行年
昭和10年(1936)
草田男35歳
鑑賞日
2005年
11/2

 この次ぎの句に

海風にとまり燕のゆれやまず

というのがあり、どちらを選ぼうかと迷ったが結局掲出句にした。「海風・・」の句も海風と燕の交感があり、とても気持ちの良い句なのであるが、掲出句のものごとをズバッと把握した力強さを良しとしたのである。


14/choushi 14

句集『長子
春 

えごの花ながれ溜ればにほひけり
『長子』刊行年
昭和10年(1936)
草田男35歳
鑑賞日
2005年
11/3

 この句も12の句と同様に、自然の持つ性的な艶がある。

http://www.fgarden.com/G-columu/G-kotoba/column17.htmより


15/choushi 15

句集『長子
春 

沈みたるえごや花びら透きとほり
『長子』刊行年
昭和10年(1936)
草田男35歳
鑑賞日
2005年
11/4

 これも一見単なる写生句のように見えるが、違う。やはり昨日の句と同じように自然の持つ性的な匂いが漂う。えごの花びら=女性、というような連想が私には働く。とても美しく匂やかである。草田男俳句の魅力の一つは清潔感を伴う女性への憧れの情念である、と私は見ている。手元に草田男の年譜がないが、多分この時期に彼はそのような状況にあったに違いない。


16/choushi 16

句集『長子
春 

ひた急ぐ犬に會ひけり木の芽道
『長子』刊行年
昭和10年(1936)
草田男35歳
鑑賞日
2005年
11/5

 物語性がある。童話〈不思議の国のアリス〉では兎が急いでいたが、この句の物語は童話と現実の境目にあるくらいの感じである。美しい木の芽道が現実のものであり、また童話の世界に誘う感じもあるからであろうか。


17/choushi 17

句集『長子
春 

菜の花や夕映えの顔物を云ふ
『長子』刊行年
昭和10年(1936)
草田男35歳
鑑賞日
2005年
11/6

 映像美である。ほとんどこの顏が何を言っているのかは聞こえないし、何を言っているのかも問題ではない。この句の魅力は映像美である。


18/choushi 18

句集『長子
春 

地を指せる御手より甘茶おちにけり
『長子』刊行年
昭和10年(1936)
草田男35歳
鑑賞日
2005年
11/9

 仏生会(四月八日の釈迦の誕生日)には釈迦の像に甘茶を注ぐ。その釈迦の姿がありありと見えるような造形力がある句である。天と地を指差し「天上天下唯我独存」と釈迦が言った場面の像である。信仰心あるいは尊敬の気持ちがなければこれだけの造形はできないだろう。したたり落ちる甘茶が釈迦の慈悲を象徴している。


19/choushi 19

句集『長子
春 

猫の戀後夜かけて父の墓標書く
『長子』刊行年
昭和10年(1936)
草田男35歳
鑑賞日
2005年
11/10

 私は斎藤茂吉が好きである。彼に最初に出会ったのは

のど赤き玄鳥二つ屋梁にゐて足乳ねの母は死にたまふなり

という歌である。生(性)の象徴である番いの燕と、母の死の対比。生と死をまるごと把握した感覚。生と死は表裏一体のものであるという感覚。そのような感覚が事実を坦々と叙することによって現前してくるということに魂を揺さぶられたのである。

 この草田男の句でも、生と死を象徴するものの取り合わせが心を打つ。ぎゃーぎゃーとうるさいほどに鳴く恋猫。その鳴き声がまだ耳に残っている中、夜中かけてしんしんと父の墓標を書いているというのである。


20/choushi 20

句集『長子
春 

大學生おほかた貧し雁歸る
『長子』刊行年
昭和10年(1936)
草田男35歳
鑑賞日
2005年
11/11

 懐かしい、という感じで頂いた。私も約三十五年前は大學に居た。草田男の時代よりさらにずっと後のことである。汚い四畳半に住み、冷蔵庫もテレビも洗濯機もなかった。電気製品であるものといえば小さなテープレコーダーくらいのものであった。下着やパンツはよく銭湯に行った時に洗濯した。そんな私自身の学生時代の思い出も重なって懐かしいのである。
 また、私自身も学生時代は、将来のこと人生のこと生きること死ぬこと恋心と様々なことで不安に満ちた時代であった。「雁歸る」、帰る処のある鳥たち、自分も故郷と呼べる処に帰りたい、というような若者の郷愁も、この句から感じるのである。

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