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中村草田男を読む121〜125(『火の鳥』61〜65)

121/hinotori 61

句集『火の鳥2 
火の島三日 
伊豆大島行

父を訪ひて來しならなくに法師蝉
1939年
38歳
鑑賞日
2006/2/20

 〈岡田村に島丈導師を訪ふ云々・・〉という長い前書のある三句目。

 この前書に「我父二十代の終に、目下戦禍の地厦門にて師を知り、以来没年に至まで交を絶たず」とある。
 句は「父を訪ねてきたわけではないのに、つくつくぼうしが鳴いている」というのである。父を訪ねるような懐かしい気分になってきていたのであろう。


122/hinotori 62

句集『火の鳥2 
火の島三日 
伊豆大島行

夏爐燃え妻子ありやと訊きたまふ
1939年
38歳
鑑賞日
2006/2/21

 〈岡田村に島丈導師を訪ふ云々・・〉という長い前書のある十七句目。

 この前書のある一連の句のしめくくりとして選んだ。おだやかな人間的な会話をし、そのような時間を過したのだなと思う。


123/hinotori 63

句集『火の鳥2 
信濃居 

障子洗ふ代々の瀬戸片沈む川に
1939年
38歳
鑑賞日
2006/2/22

 〈片〉は[かけ]とルビ

 懐かしい風物詩として頂いた。〈障子貼る〉も〈障子洗う〉も秋の季語である。川で障子を洗うというのは昔はよく見られたが、現在では皆無に近いのではないか。


124/hinotori 64

句集『火の鳥2 
信濃居 

灼け溶岩に思ふ男兒未だ得ずと
1939年
38歳
鑑賞日
2006/2/23

 〈溶岩〉は[らば]、〈男児〉は[をのこご]とルビ

 灼けた溶岩の感じから男児という連想である。

鬼押出溶岩流 写真 荒牧重雄


125/hinotori 65

句集『火の鳥2 
信濃居 

泉邊のわれ等に遠く死は在れよ
1939年
38歳
鑑賞日
2006/2/24

 数句前に「妻と來て泉つめたし土の岸」というのがあるから、奥さんと泉辺に来たときの句である。句集『火の鳥』最後の句でもある。
 『火の鳥』の最後の句に相応しい大きな句柄の句である。草田男の持つ好ましい特質が全て含まれている感じがある。妻への愛・自然への愛・憧れ・青春性・神話性等々である。草田男には感覚のよく働いた秀句がたくさんあるが、私としてはこの句のようなロマンに満ちたこせこせしない雄大な句が好きである。この句に出会えて良かった。草田男の特選秀句としたい。

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