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中村草田男を読む155〜160(『来し方行方』1〜6)
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句集『来し方行方』 |
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秋草に昔のひとの娘吾妻佇つ
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1941年
40歳 |
鑑賞日
2006/3/26 |
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〈昔〉は[さき]、〈娘〉は[こ]とルビ 自分の妻を客観的に一人の人間とし眺めているわけである。そして今はその娘が自分の妻となっている縁とか不思議さを感じている。多分このような目で妻を見る時には、尊敬の気持ちだとか愛しさがいっそう増すにちがいないのである。 |
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句集『来し方行方』 |
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春近し目黒の川へ石叩き
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1941年
40歳 |
鑑賞日
2006/3/27 |
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人間の生活圏に訪れる動物。人間生活と自然の関わり。そのバランスのとれていた時代の愛らしい風景。 |
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句集『来し方行方』 |
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梅雨の夜の金の折鶴父に呉れよ
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1941年
40歳 |
鑑賞日
2006/3/28 |
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濃密な雰囲気というか時間というかそんなものがある。娘を眩しげにみている父の眼。 |
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句集『来し方行方』 |
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寒燈も襖のわれ等が影も身近か
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1941年
40歳 |
鑑賞日
2006/3/29 |
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冬の夜の親しい者達(ここでは前後の句から家族)の団らんの雰囲気がセピア色の懐しい雰囲気を伴って伝わって来る。 |
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句集『来し方行方』 |
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あたゝかな三人の吾子を分け通る
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1941年
40歳 |
鑑賞日
2006/3/30 |
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昨日取り上げた句と同じような、家族感覚とでもいうべきものであるが、昨日の句が視覚からそれを感じるのに対してこの句は皮膚感覚や嗅覚のようなものからそれを感じる。 |
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句集『来し方行方』 |
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睡蓮の紅白妻も夢保て
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1941年
40歳 |
鑑賞日
2006/3/31 |
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美しい睡蓮の花を見ながら妻も夢を保ってほしいと願う図は好ましい。ただ紅白の睡蓮と自分と妻ということを関連づけて取るのは野暮臭い。 |
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