表紙へ 前のページ 次のページ

中村草田男を読む236〜240(『美田』1〜5)

236/biden 1

句集『美田 
昭和二十九年
 

真直ぐ往けと白痴が指しぬ秋の道
1954年
53歳
鑑賞日
2006/8/3

 〈真直〉は[ます]とルビ

 「白痴」というのは常識的な人間にはない純なものを持っている、あるいは常識的な人間が持っている世間的な余分なものを持っていない。だから「白痴」というのは悪い意味でもあるが良い意味でもある。ドストエフスキーなどはその良い意味を探り深めたのではないだろうか。そんな「白痴」という言葉の含蓄を考えながら読まなければこの句の良さは半減する。
 また「道」とう言葉も道路という具体的な物を指すと同時に人生の道というような意味も含む。そう考えると「秋の道」というのも人間の人生に譬えて意味合いが出てくる。芭蕉の「この道や行く人なしに秋の暮」という句にも少なからぬ読者は「道」「秋」に同じような感触を得ているに違いない。
 「真直ぐ往けと白痴が指しぬ秋の道」は具体的な一つの場面であると同時に、一つの啓示の句であるように私には受け取れる。


237/biden 2

句集『美田 
昭和三十年
 

光ある中妻子と歩め薄氷期
1955年
54歳
鑑賞日
2006/8/4

 〈中〉は[うち]とルビ

 「光あるうち光の中を歩め」というトルストイの言葉を踏まえた作。いかにも草田男らしい句で「薄氷期」がとてもよく響いて来る。


238/biden 3

句集『美田 
昭和三十年
 

冬のルムペン打球の音見る痛さうに
1955年
54歳
鑑賞日
2006/8/5

 「痛さうに」が感受性のある捉え方であり、一人のルンペンの心のあり方が伝わってくる。彼にとっては世の中のもの全てが痛い。打球の音さえ自分に敵対するものとしてある。世の中を自分の運命を憎んでいるのである。しかし、私がルンペンにならないという保証はない、そして私がルンペンになったとして、穏やかなルンペンで居られるかどうかは解らない。だから彼を憐れむことも非難することもできない。


239/biden 4

句集『美田 
昭和三十年
 

昼寝の後の不可思議の刻神父を訪ふ
1955年
54歳
鑑賞日
2006/8/8

 「昼寝の後の不可思議な刻」というのに首肯ける。誰しもが味わったことがある筈である。ある非日常の意識である。純な無垢な意識であると言ってもいい。日常の雑事から切り離されたもっと素顔に近い意識である。そのような刻に「神父を訪ふ」たというのである。神父だとか僧侶だとかは本来非日常的な何かに仕える者である筈であるから、神父を訪うという行為は昼寝の後の刻に相応しい行為である。話が飛躍するが、死というのは全ての日常がばっさりと落される事である。草田男が死の直前に洗礼を受けたという事実を暗示させる句でもある。


240/biden 5

句集『美田 
昭和三十年
 

勝ち誇る子をみな逃げぬ赤のまま
1955年
54歳
鑑賞日
2006/8/9

 勝ち誇る子からほかの子供は逃げてしまったというのである。子供の風景である。大人なら勝ち誇る者におべっかを使ったりしっぽを振ったりすることもあるかもしれないが、その内面はぺろっと舌を出しているという意味では同じであろう。子供の世界ではあらゆることがあからさまに出る。あからさまに出せないような子供達の状況があるとしたら、それは怖い。
 赤のままが内容に余韻を与えている。

表紙へ 前のページ 次のページ