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中村草田男を読む241〜248(『美田』6〜13)

241/biden 6

句集『美田 
昭和三十年
 

原爆忌いま地に接吻してはならぬ
1955年
54歳
鑑賞日
2006/8/10

 地に接吻するということはあるがままの全てを受け入れるということである。この事は人間が最終的な在り方としてあるべき姿であることは否定できない。しかし、人間の忌まわしい行為の象徴とも言える原爆投下などということを認め受け入れることはできない。社会的相対的な人間の在り方として到底認めることはできないのである。そして矛盾に満ちた話ではあるが、最終的には地に接吻せざるを得ないということも確かである。しかしやはり原爆は認められない・・・・矛盾に満ちた世界である。


242/biden 7

句集『美田 
昭和三十年
 

群蟹や独り据ゑられ人魚像
1955年
54歳
鑑賞日
2006/8/11

 蟹が群がっているような岩海岸に人魚像が据えられている、そんな景色がしっかりしたデッサン力で伝わってくる。デッサンがしっかりしているから、この人魚像が心を持つ生き物のようにさえ感じられてくる。


243/biden 8

句集『美田 
昭和三十年
 

新月一ついのちあまたの雁の列
1955年
54歳
鑑賞日
2006/8/12

 「いのちあまた」と言ったところに共感を覚える。単なるスケッチではなく自然をより身近に親しく感じていることが伝わってくる。もっと言えば〈祈り〉に近い感情も潜んでいる。


244/biden 9

句集『美田 
昭和三十年
 

今よ今よ行く雁一つ一つ羽搏つ
1955年
54歳
鑑賞日
2006/8/13

 「今よ今よ・・・・一つ一つ・・・・」が面白い。雁達の羽撃つ動作の描写であると同時に、現在只今を大切にして一歩一歩生きたいという作者の思いが籠っている。


245/biden 10

句集『美田 
昭和三十年
 

「身頃」といふ言葉などきき夜長なりき
1955年
54歳
鑑賞日
2006/8/14

 部分を言って全体を想像させるという手法。多分奥さんが裁縫をしているのだろう。誰かの採寸をしているのかもしれない。いろいろな会話がなされている夜長の感じがよく出ている。


246/biden 11

句集『美田 
昭和三十一年
 

更にはらはら吸はれ加はり渡り鳥
1956年
55歳
鑑賞日
2006/8/17

 「はらはら吸われ加はり」が上手いと思った。鳥の渡りも水の流れと同じような一つのエネルギーの現れだという感がする。また清涼な秋の空の空気も感じられる。


247/biden 12

句集『美田 
昭和三十一年
 

一河のほとり樹下に昼寝し友がりへ
1956年
55歳
鑑賞日
2006/8/18

 「友がりへ」というのは「友のもとへ」という意味である。
 ある河のほとりの樹の下で昼寝をしてから友のところへ行ったという単純なことなのであるが、とてもいい。自由な精神。自然。そして友情。


248/biden 13

句集『美田 
昭和三十二年
 

冬日たのしむ犬浜沙を前押しに
1957年
56歳
鑑賞日
2006/8/19

 写生句として優れているのではなかろうか。優れた写生句はいろいろな連想を呼ぶ力がある。私はエジプトのスフィンクスの姿を連想してしまった。

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