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中村草田男を読む31〜40(『長子』31〜40)

31/choushi 31

句集『長子
夏 

瑰や今も沖には未来あり
『長子』刊行年
昭和10年(1936)
草田男35歳
鑑賞日
2005年
11/22

 瑰〉は[はまなす]とルビ

 この青春性、憧れ、理想、このようなものが草田男の持つ資質の一部に違いない。


32/choushi 32

句集『長子
夏 

百日紅乙女の一身またゝく間に
『長子』刊行年
昭和10年(1936)
草田男35歳
鑑賞日
2005年
11/23

 百日紅というのは私の印象では夏の間中咲いている花で、夏の光の印象と共にある。そんな百日紅の印象とともに乙女の身体の輝かしさのようなものが感じられる一句である。また百日紅の〈ずっと在る〉という感じと、乙女の身体の成長の早さの対比もある。「百日紅」という季語と「乙女の一身またゝく間に」という言い方が響き合っている。


33/choushi 33

句集『長子
夏 

蟾蜍長子家去る由もなし
『長子』刊行年
昭和10年(1936)
草田男35歳
鑑賞日
2005年
11/24

 ページを少し飛ばしてしまったので大事な句を抜かしてしまっていた。この句は鑑賞30の句「手の薔薇に蜂來れば我王の如し」の前に入るべき句である。

 長子である自分の境遇を噛みしめている。蟾蜍(ひきがえる)ののっそりとして俊敏ではない姿に長子である自分を重ね合わせて描いている。したたかに居座る感じ、誇り、そして安堵感もある。この句の前後に母の句が三句ある。

井戸端の母が買ひけり田面樣
母が巻く目醒時計蛾の羽音
母老いぬ裸の胸に顔の影

 どの句も母親に対する優しい眼差しがあり、掲出句の表明と大いに関係のある内容となっている気がする。


34/choushi 34

句集『長子
夏 

香水の香ぞ鐵壁をなせりける
『長子』刊行年
昭和10年(1936)
草田男35歳
鑑賞日
2005年
11/25

 香水の香が鐵壁をなす、という比喩がとても上手い。厚化粧の女の人を寄せ付けない感じがよく出ている。実は女は化粧という壁を作り自分を守っている。


35/choushi 35

句集『長子
夏 

蚊の聲のひそかなるとき悔いにけり
『長子』刊行年
昭和10年(1936)
草田男35歳
鑑賞日
2005年
11/26

 「悔い」ということの感じがよく出ている。悔い改めという程の大きな悔いではない。日常しばしば起る小さな悔いである。心は暗いのであるが、それは僅かなので絶望とか大げさなことには到らない。心の片隅に小さな澱として残るような悔いである。「蚊の聲のひそかなるとき」という絶妙な場面設定がそのことを表わしている。自分の心理を見つめる力と言えようか。


36/choushi 36

句集『長子
夏 

思ひ出の日な近づきそ今年竹
『長子』刊行年
昭和10年(1936)
草田男35歳
鑑賞日
2005年
11/27

 「思ひ出の日な近づきそ」は、思い出の日よ近づかないで欲しい、ということである。むしろ青春の日の甘酸っぱいような、もしかしたら恥ずかしさを伴うような、胸がキュンとなるような思い出という感じがする。今年竹というものの感じからそのように思うのである。青春の月日の流れの早さ。若々しい感性である。


37/choushi 37

句集『長子
夏 

思ひ出も金魚の水も蒼を帯びぬ
『長子』刊行年
昭和10年(1936)
草田男35歳
鑑賞日
2005年
11/28

 昨日の句のs次に置かれている句である。同じ思い出なのであろうが、別の雰囲気を持っている。思い出というものの持つ別の相であり、ああ思い出というのはこんな感じのものだなあ、という説得力がある。所詮、思い出というのは私達の記憶の四角い箱の中にしか存在しない。ときに鮮明だったり、ときにぼやけたり、ときに蒼を帯びたりする。この金魚鉢の譬えが思い出というものの質をよく象徴している。


38/choushi 38

句集『長子
夏 

百日紅ラヂオのほかに聲もなし
『長子』刊行年
昭和10年(1936)
草田男35歳
鑑賞日
2005年
11/29

 32の「百日紅乙女の一身またゝく間に」は光に満ちた夏の長い時間が感じられた句であったが、掲出句は無音の夏の長い時間が感じられる。季節の極まった夏には沈黙が支配する時間がある。


39/choushi 39

句集『長子
夏 

口なしの花はや文の褪せるごと
『長子』刊行年
昭和10年(1936)
草田男35歳
鑑賞日
2005年
11/30

 心が高鳴るような気持ちで貰った手紙、あるいは書いた手紙。そのような手紙も時の経過とともに色褪せたものになってゆく。そのようなことと、美しい口なしの花が時とともに萎れてゆくということを対比させて見事である。口なしの花びらが文の一葉一葉である感じがある。


40/choushi 40

句集『長子
夏 

揚羽遂に潮路に墜ちぬ不二の前
『長子』刊行年
昭和10年(1936)
草田男35歳
鑑賞日
2005年
12/1

 動きのあるきれいな映像である。富士山を前にした海原の上を翔んでいる揚羽蝶が、やがてその海の潮に墜ちて見えなくなってしまった、というのである。その揚羽蝶が動いている時間とその背景である美しい景色を追体験することができる。

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