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中村草田男を読む51〜60(『長子』51〜60)

51/choushi 51

句集『長子
秋 

温泉の宿のうらに芒の一軒家
『長子』刊行年
昭和10年(1936)
草田男35歳
鑑賞日
2005年
12/12

 やはり旅情である。誰でもが感じたことがあるであるような些細な感じというものを、よく拾い上げて書くなあと感心するのである。
 旅というものは一時的にでも自分自身の生活の営みから解放してくれる。そうすると今までは目にも留めなかった他者への関心というものが芽生える。「このひそかなたたずまいの家の人はどのような生活をしているのだろう。どのような思いを抱いて生きているのだろう」というような気持ちの動きであろう。


52/choushi 52

句集『長子
秋 

月に飛び月の色なり草かげろふ
『長子』刊行年
昭和10年(1936)
草田男35歳
鑑賞日
2005年
12/13

 瞬間的な色彩の美しさと、小さな“生きもの感”というようなもの。


53/choushi 53

句集『長子
秋 

鵙の目の對へる畑の一火燃ゆ
『長子』刊行年
昭和10年(1936)
草田男35歳
鑑賞日
2005年
12/14

 一枚の緊張感のある絵画のようだ。鵙とその目、畑の一ヶ所に燃える火、その配合があまりに決まっているので、実際にこのような景色を見たとは思えないのであるが、その景色が眼前に存在するように思えるのは何らかのリアリティーが作者の中にあるからである。


54/choushi 54

句集『長子
秋 

秋草の多きにつれて人戀し
『長子』刊行年
昭和10年(1936)
草田男35歳
鑑賞日
2005年
12/15

 「つれて」が上手いと思う。この言葉で秋の野道を歩いてゆく状況が描き出されている。自然と抒情。


55/choushi 55

句集『長子
冬 

冬の水一枝の影も欺かず
『長子』刊行年
昭和10年(1936)
草田男35歳
鑑賞日
2005年
12/16

 この辺りにはそれなりに写生句としては良いものが並んでいて、取り上げようかどうかと迷ったが、大分抜かしてきた。こんな場面もあるなあ、こんな事もあるなあと納得するのであるが、スナップ写真の上等のようなもので取り上げられなかったのである。
 この掲出句くらいになると、もうスナップ写真の域を越えている。写生ではあるが、メモのようなスケッチではなく、完成された一つの作品となっている。だからこれは外側の事物の顕現であるというよりはむしろ、草田男という人物の本質に近い部分の質が出ている気がする。中村草田男は完璧なものが好きである。という気がしてきている。


56/choushi 56

句集『長子
冬 

冬空をいま青く塗る畫家羨し
『長子』刊行年
昭和10年(1936)
草田男35歳
鑑賞日
2005年
12/17

 〈羨)は[とも]とルビ

 草田男はまた〈憧れ〉の作家でもあるし、〈青春性〉の作家でもある。この句に於てもこれらの性質である、胸が憧れに疼くような感じがよく出ている。


57/choushi 57

句集『長子
冬 

霜踏んで行くや悪夢は昨夜の事
『長子』刊行年
昭和10年(1936)
草田男35歳
鑑賞日
2005年
12/18

 〈昨夜〉は[きぞ]とルビ

 悪夢を見た朝の感じがよく出ている。夢からだんだんと現実へ意識が戻っていく過程を霜を踏んで歩いてゆくということに重ね合わせて、その時間を上手く表現している。
 また、草田男らしいこれからの人生航路への決意のようなものもある。


58/choushi 58

句集『長子
冬 

書を讀むや冷たき鍵を文鎭に
『長子』刊行年
昭和10年(1936)
草田男35歳
鑑賞日
2005年
12/19

 〈図書室留守番〉と前書

 冬の図書室のピンを張りつめた空気だとか、作者の書物に対する姿勢が伝わってくる。良く言えば真摯なる姿勢、悪く言えば固すぎる姿勢である。


59/choushi 59

句集『長子
冬 

寒月下灯の濁りたる電車行く
『長子』刊行年
昭和10年(1936)
草田男35歳
鑑賞日
2005年
12/20

 「灯の濁りたる」という表現に納得させられる。感覚が冴えいるというか、言葉の選び方が上手いというか、句作の集中力があるというか、そんなところであろう。


60/choushi 60

句集『長子
冬 

降る雪や明治は遠くなりにけり
『長子』刊行年
昭和10年(1936)
草田男35歳
鑑賞日
2005年
12/21

 たいへん厚みを感じさせてくれる句である。何の厚みか。雪の降っている空間の厚み、そして時間の厚みである。この句の魅力は空間の厚みがそのまま時間の厚みと重なってくる感覚である。
 明治という時代の持つ特性もこの句の魅力に大いに関係しているような気がする。明治というのは何かが始まった時代であるという感じがある。つまり意識の流れの中での一つの基点であるという感じがする時代である。一番初めにある温かく懐かしい時代である、という感じがあるのである。

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