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中村草田男を読む61〜70(『火の鳥』1〜10)

61/hinotori 1

句集『火の鳥
1 昭和11年

夏痩せの妻や外國人と祷る
1936年
35歳
鑑賞日
2005/12/22/

 〈外國人〉は[とつくにびと]とルビ

 キリスト教会での風景であろうか。草田男の妻はクリスチャンであったらしい。草田男がキリスト教に対してどのような姿勢を持って生きていたのかはよく解らないが、年譜を見ると草田男は死の前日に洗礼を受けている。このことから、引かれるものはあったがキリスト者として生きるというまでの踏ん切りはつかなかったのかもしれない。死に際して洗礼を受けたというのは、最終的には奥さんと同じ所に行きたいという思いが勝ったためなのかもしれない。
 この句において妻を見る目は、妻が自分の知らない世界に住んでいるという感じがある。新鮮であると同時に違和感もある、尊敬や憧れもあるが理解もできないという感じである。


62/hinotori 2

句集『火の鳥
1 昭和12年

城頭の夏芝に枯れ一つ松
1937年
36歳
鑑賞日
2005/12/23

 たしかにこのような景色は確かにあるなあ、と思う。その意味では写生が上手いのであるが、それがどうしたのかということにもなる。単なるスナップ写真や日記の類いであっては俳句もつまらないと思うのであるが、草田男俳句はだんだんそのようなものも増えてゆく感じがするのは残念なことである。


63/hinotori 3

句集『火の鳥
1 昭和12年

岩と砂千曲川原の道をしへ
1937年
36歳
鑑賞日
2005/12/24

 昨日は少し文句を書いたが、この句は良いものがある昨日の句とどう違うのか考えてみた。昨日の句はどうも観光気分なのである。それに引き換えこの句はもっと生(なま)な自然あるいは野生に触れているという感じがあるのである。


64/hinotori 4

句集『火の鳥
1 昭和12年

猛るピアノ雀見て居る夕立雲
1937年
36歳
鑑賞日
2005/12/25

 「猛るピアノ」と「雀見て居る夕立雲」の取り合わせで、これは人間描写である。人間は感情の動物、それを雀はキョトンと不思議そうに見ている。


65/hinotori 5

句集『火の鳥
1 昭和12年

妻二タ夜あらず二タ夜の天の川
1937年
36歳
鑑賞日
2005/12/26

 草田男には〈妻俳句〉の秀作がいくつかあるが、その一つである。リズム感もいいし、なによりその古代的な雰囲気がいい。大地や天体の運行と共にあった古の時代の人の率直で健康な恋心とでもいおうか。


66/hinotori 6

句集『火の鳥
1 昭和12年

晩夏光バットの凾に詩を誌す
1937年
36歳
鑑賞日
2005/12/27

 まことに草田男は青春性の作家だと思うのであるが、この句などもまさにそうである。高校時代などの青春の日の晩夏の光が読む者にも蘇ってくる。


67/hinotori 7

句集『火の鳥
1 昭和12年

吾妻かの三日月ほどの吾子胎すか
1937年
36歳
鑑賞日
2005/12/28

 〈胎〉は[やど]とルビ

 これもまた「妻」俳句の秀逸である。妻への憧れの気持ち、その妻が自分の子を宿したことへの感動、それらが詩的に表現されている。
 このような優れた句を見ていると、後年の草田男のつまらない句群はどうしたことなのだろうと思う。結局、草田男は長子としての、夫としての、教師としての枠から、意識の上でさらに歩んでいくことが出来なかったのかもしれない、などと漠然と思っている。


68/hinotori 8

句集『火の鳥
1 昭和12年

朝寒の白痴の歩みの帯び解くる
1937年
36歳
鑑賞日
2005/12/29

 〈白痴〉は[ばか]とルビ

 私の語感としてはルビを振らないほうが良い。そのほうが人間存在の不可思議さのようなものが伝わる。[ばか]ではこの白痴を見下して書いている感じが強まる。基本的に草田男はその師である虚子と同じく二元論的なものの見方があるから、この辺りの微妙な感覚は解らないかもしれない。


69/hinotori 9

句集『火の鳥
1 昭和12年

春日落つひもじき豚等鳴きしきる
1937年
36歳
鑑賞日
2005/12/30

 動物描写を通して、存在というものの重さに迫ったような句風であり、草田男には珍しいのではないか。この句の何句か前に斉藤茂吉を訪ねている場面の句があるのであるが、この句は齋藤茂吉の動物詠を思い起こさせる。一首

長鳴くはかの犬族(けんぞく)の長鳴くは遠街(をんがい)にして火は燃えにけり
                                  茂吉


70/hinotori 10

句集『火の鳥
1 昭和12年

高麥のかげに憩ひすこゝはどこぞ
1937年
36歳
鑑賞日
2005/12/31

 「こゝはどこぞ」という感覚はよく起る感覚である。日常的な時間の流れから切り離された無垢な時間感覚場所感覚とでも言おうか。それが高麦の蔭に憩った時に起ったということである。

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