「中村草田男を読む」目次

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番号 句集名  
1

貝寄風に乘りて歸郷の船迅し

『長子』 
昭和10年刊
35歳
2 土手の木の根元に遠き春の雲
3 夕櫻あの家この家琴鳴りて
4 夕櫻城の石崖裾濃なる
5 そら豆の花の黒き目數知れず 長子 
6 花圃いまも水栓漏るゝ音ばかり 長子 
7 橙は實を垂れ時計はカチ\/と 長子 
8 町空のつばくらめのみ新しや 長子 
9 父の墓に母額づきぬ音もなし 長子
10 はゝそはの母と歩むや遍路来る 長子
11 坂に来て突くや遍路の杖白し 長子
12 とらへたる蝶の足がきのにほひかな 長子
13 つばくらめ斯くまで竝ぶことのあり 長子
14 えごの花ながれ溜ればにほひけり 長子
15 沈みたるえごや花びら透きとほり 長子
16 ひた急ぐ犬に會ひけり木の芽道 長子
17 菜の花や夕映えの顔物を云ふ 長子
18 地を指せる御手より甘茶おちにけり 長子
19 猫の戀後夜かけて父の墓標書く 長子
20 大學生おほかた貧し雁歸る 長子
21 校塔に鳩多き日や卒業す 長子
22 松風や日々濃ゆくなる松の影 長子
23 あまた着きてへごの實あまた落ちにけり 長子
24 さながらに河原蓬は木となりぬ 長子
25 乙鳥はまぶしき鳥となりにけり 長子
26 たかんなの影は竹より濃かりけり 長子
27 筍の高し星生る 長子
28 田を植ゑるしづかな音へ出でにけり 長子
29 負はれたる子供が高し星祭 長子
30 手の薔薇に蜂來れば我王の如し 長子
31 瑰や今も沖には未来あり 長子
32 百日紅乙女の一身またゝく間に 長子
33 蟾蜍長子家去る由もなし 長子
34 香水の香ぞ鐵壁をなせりける 長子
35 蚊の聲のひそかなるとき悔いにけり 長子
36 思ひ出の日な近づきそ今年竹 長子
37 思ひ出も金魚の水も蒼を帯びぬ 長子
38 百日紅ラヂオのほかに聲もなし 長子
39 口なしの花はや文の褪せるごと 長子
40 揚羽遂に潮路に墜ちぬ不二の前 長子
41 向日葵や極目要塞地帯なり 長子
42 夏草や野島ヶ崎は波ばかり 長子
43 項一つ目よりもかなし月見草 長子
44 果樹の幹苔厚かりし 歸省かな 長子
45 秋の航一大紺圓盤の中 長子
46 曼珠沙華落暉も蘂をひろげけり 長子
47 露暗しむらがり醒めし藪雀 長子
48 朝戸繰るこちらのかはも鰯雲 長子
49 雁渡る菓子と煙草を買ひに出て 長子
50 鴨渡る鍵も小さき旅カパン 長子
51 温泉の宿のうらに芒の一軒家 長子
52 月に飛び月の色なり草かげろふ 長子
53 鵙の目の對へる畑の一ト火燃ゆ 長子
54 秋草の多きにつれて人戀し 長子
55 冬の水一枝の影も欺かず 長子
56 冬空をいま青く塗る畫家羨し 長子
57 霜踏んで行くや悪夢は昨夜の事 長子
58 書を讀むや冷たき鍵を文鎭に 長子
59 寒月下灯の濁りたる電車行く 長子
60 降る雪や明治は遠くなりにけり 長子
61 夏痩せの妻や外國人と祷る 火の鳥 昭和11年
(1936)35歳
62 城頭の夏芝に枯れ一つ松 火の鳥 昭和12年
(1937)36歳
63 岩と砂千曲川原の道をしへ 火の鳥
64 猛るピアノ雀見て居る夕立雲 火の鳥
65 妻二タ夜あらず二タ夜の天の川 火の鳥
66 晩夏光バットの凾に詩を誌す 火の鳥
67 吾妻かの三日月ほどの吾子胎すか 火の鳥
68 朝寒の白痴の歩みの帯び解くる 火の鳥
69 春日落つひもじき豚等鳴きしきる 火の鳥
70 高麥のかげに憩ひすこゝはどこぞ 火の鳥
71 人影なき城の冩眞や夜の蠅 火の鳥
72 父となりしか蜥蜴とともに立ち止まる 火の鳥
73 燭の灯を煙草火としつチエホフ忌 火の鳥
74 會へば兄弟ひぐらしの聲林立す 火の鳥
75 こゝは地の罅と蜥蜴の多きところ 火の鳥
76 冬の友オリオンはやも柘榴の上 火の鳥
77 軍國の冬狂院は唱に充つ 火の鳥 昭和13年
(1938)37歳
78 われ等貧し狂院の砂利鶺鴒行く 火の鳥
79 雪女郎おそろし父の戀恐ろし 火の鳥
80 池の中冬木の影は底知れず 火の鳥
81 蝌蚪見れば孤児院思ふ性を棄てよ 火の鳥
82 妻抱かな春晝の砂利踏みて歸る 火の鳥
83 吾子顎に力皺寄せ虻目守れる 火の鳥
84 野花白く蛇ゆるやかに切通 火の鳥
85 崖下る迅さに蛇の身は一と筋 火の鳥
86 風六月教師と柱暦煽る 火の鳥
87 郷愁は梅雨の眞晝の鶏鳴くとき 火の鳥
88 ショパン弾き了へたるまゝの露万朶 火の鳥
89 船は汐とともに低まり蝉の崖 火の鳥
90 妻戀し炎天の岩石もて撃ち 火の鳥
91 かの母子の子は寝つらんか月見草 火の鳥
92 詮しあふ少年の智慧きり\゛/す 火の鳥
93 大學に来て踏む落葉コーヒー欲る 火の鳥
94 落葉に偲ぶ學の鐵鎖の重かりしよ 火の鳥
95 焚火火の粉吾の青春永きかな 火の鳥 昭和14年
(1939)38歳
96 裾長の寝巻の子佇ち庭の月 火の鳥
97 道の蟲正午もつとも人絶ゆる 火の鳥
98 黒き肩掛年徑し指環ゆるやかに 火の鳥
99 若き大工一つ灯冴ゆる鉋屑 火の鳥
100 街角の産院なれば寒月浴び 火の鳥
101 居りながら居ぬといふ家冬薔薇蹴る 火の鳥
102 金魚手向けん肉屋の鉤に彼奴を吊り 火の鳥
103 世界病むを語りつゝ林檎裸となる 火の鳥
104 息白じろ女騙されかけ居るらし 火の鳥
105 鶯や友眞直ぐに獄ゆ出で来し 火の鳥
106 蟆子を打つ信に過ぎたる愚か者 火の鳥
107 峰鶯谷鶯へ四肢投げ出す 火の鳥
108 萬緑の中や吾子の齒生え初むる 火の鳥
109 遍路脱ぐ今日のよごれの白足袋を 火の鳥
110 蒲公英のかたさや海の日も一輪 火の鳥
111 己が胸見下ろす如く寒き崖を 火の鳥
112 冬濤を一川の紺裁ち裂ける 火の鳥
113 島の娘佇てり石井戸清水ともに汲み 火の鳥
114 洋が咲かせし無人の磯の鳳仙花 火の鳥
115 青萱に切られて血噴く一文字 火の鳥
116 輪煙あまたのこす出船に土用波 火の鳥
117 遊び女いたみわれひざかりの牛乳飮めり 火の鳥
118 僧を訪ふ蝮も出でん夕凉に 火の鳥
119 夕凉の洋も蜥蜴もひかりをさめ 火の鳥
120 燈臺下小鳥の聲に僧は住む 火の鳥
121 父を訪ひて來しならなくに法師蝉 火の鳥
122 夏爐燃え妻子ありやと訊きたまふ 火の鳥
123 障子洗ふ代々の瀬戸片沈む川に 火の鳥
124 灼け溶岩に思ふ男兒未だ得ずと 火の鳥
125 泉邊のわれ等に遠く死は在れよ 火の鳥
126 冬蒲團妻のかをりは子のかをり 萬緑
127 無花果壊え落ち白面詐欺漢前歯なし 萬緑
128 牛はしづかに冬の大きな耳を對けぬ 萬緑
129 すつくと狐すつくと狐日に並ぶ 萬緑
130 闇の林檎噛み噛み餓ゑは若々し 萬緑
131 霧を歸る五尺背並みのダンサー達 萬緑
132 歸りつゝ去りつゝあらん炭火細る 萬緑
133 目刺の色弟が去りし鐵路の色 萬緑
134 亡き夫人智恵子の色繪冬爛漫 萬緑
135 少年の見遣るは少女鳥雲に 萬緑 昭和15年
(1940)39歳
136 虹に謝す妻よりほかに女知らず 萬緑
137 乳母車から指す夏の親子星 萬緑
138 梅雨の樂たゞ人の子よ人の子よと 萬緑
139 館音なし青蔦一つ缺いて通る 萬緑
140 汗と笑巨犬を撚ぢ倒さんとする 萬緑
141 妻戀ふや黍の戰ぎ葉双肩に 萬緑
142 大いなる三日月東に母子跼む 萬緑
143 玉菜は巨花と開きて妻は二十八 萬緑 昭和16年
(1941)40歳
144 教へ兒とかたまり撮る霜眞白 萬緑
145 野の男外套胸より吹かれ開き 萬緑
146 少年老いぬ芒の土手の制札よ 萬緑
147 山の娘の泳ぎやめしづかに流る 萬緑
148 雲海や金色に鳴る虻の目ざめ 萬緑
149 くるぶしの深山の花は何花ぞ 萬緑
150 松虫草谷ゆ生ひ出し一木に觸れ 萬緑
151 天地蒼きに固唾をのんで巌の鷹 萬緑
152 崖白く鷹飛ぶ姿常に若し 萬緑
153 雷の居る山となり果つ越え來し山 萬緑
154 秒盤の中まで夏の山月澄む 萬緑
155 秋草に昔のひとの娘吾妻佇つ 来し方行方
昭和16年
(1941)40歳
156 春近し目黒の川へ石叩き 来し方行方
157 梅雨の夜の金の折鶴父に呉れよ 来し方行方
158 寒燈も襖のわれ等が影も身近か 来し方行方
159 あたゝかな三人の吾子を分け通る 来し方行方
160 睡蓮の紅白妻も夢保て 来し方行方
161 花柘榴われ放埒をせしことなし 来し方行方
昭和17年
(1942)41歳
162 我のみの枯野の我の立ちあがる 来し方行方
昭和18年
(1943)42歳
163 遠き丘のマントの人や若からん 来し方行方
164 白痴茅舎偲ぶや寒月白を研ぐ 来し方行方
165 梢の子躍り滿樹の藤搖るゝ 来し方行方
166 店頭の鍬の柄素し燕來ぬ 来し方行方
167 本郷の月大陸へ行く握手 来し方行方
168 白鳥といふ一巨火を水に置く 来し方行方
169 一白鳥白ら波立てゝ身を濯ぐ 来し方行方
170 勇氣こそ地の鹽なれや梅眞白 来し方行方
昭和19年
(1944)43歳
171 吾子等喜戯南瓜の花は民の花 来し方行方
172 蜥蜴ゆく騎士行進の四蹄の間を 来し方行方
173 詩人地を踏んで近よる寺の薔薇 来し方行方
昭和20年
(1945)44歳
174 水邊へ出てためらふ蜥蜴水へ入りぬ 来し方行方
175 百千鳥もつとも烏の聲甘ゆ 来し方行方
176 落椿わが乳母島の女なりき 来し方行方
177 蟷螂は馬車に逃げられし馭者のさま 来し方行方
178 燒跡に遣る三和土や手毬つく 来し方行方
179 空は太初の青さ妻より林檎うく 来し方行方
昭和21年
(1946)45歳
180 斯かりし母よ育兒の妻よ風の柘榴 来し方行方
181 耕せばうごき憩へばしずかな土 来し方行方
182 冩眞の中四五間奥に薔薇と乙女 来し方行方
183 たゝみ傘柄ふかく手入れ雪の母 来し方行方
184 三度目の夫とドライヴ案山子の道 来し方行方
185 桐一葉音たゆみなき鍛冶の音 来し方行方
186 戦後の一年終るよ實生のもみぢ葉に 来し方行方
187 種蒔ける者の足あと洽しや 来し方行方
昭和22年
(1947)46歳
188 不安は不毛の烏滸の胸牌朴咲くに 来し方行方
189 黴る日々不安を孤獨と詐稱して 来し方行方
190 眼前に露のくづれて花濡れぬ 来し方行方
191 村の路家疎になれば青胡桃 来し方行方
192 木の下に赤子寢せあり鷹舞へり 来し方行方
193 連山の流るゝまゝに流るゝ鷹 来し方行方
194 葡萄食ふ一語一語の如くにて 銀河依然
昭和22年
(1947)46歳
195 南瓜の山そこへ女の香をのがる 銀河依然
196 宵月を螢袋の花で指す 銀河依然
197 遠足率て行く世の見るまじき見せまじと 銀河依然
198 號令の無き世柘榴のただ裂けて 銀河依然
199 ラグビーや青雲一抹あれば足る 銀河依然
200 行くほどに枯野の坂の身高まる 銀河依然
昭和23年
(1948)47歳
201 お下髪には落花少年の 泛子赤し 銀河依然
202 夜をこえし誘蛾燈のみ濤の音 銀河依然
203 花合歓や時よりこまかきものに砂 銀河依然
204 砂丘の合歓花枝低まる衣かければ 銀河依然
205 いくさよあるな麥生に金貨天降るとも 銀河依然
昭和24年
(1949)48歳
206 蘖や涙に古き涙はなし 銀河依然
207 浮浪兒晝寢す「なんでもいいやい知らねえやい」 銀河依然
208 冬の瑠璃蝶密着の翅開き初む 銀河依然
昭和25年
(1950)49歳
209 冬も素足南國乙女過ぎて薫る 銀河依然
210 一茶の裔春水に鍋すり釜こする 銀河依然
211 山櫻あさくせはしく女の鍬 銀河依然
212 ボートにて湖來し大工チヤペル建つる 銀河依然
213 春愁のピアノを子守等兒等のぞく 銀河依然
214 厚餡割ればシクと音して雲の峰 銀河依然
215 まこと裸の聲みちのくの雨蛙 銀河依然
昭和26年
(1951)50歳
216 松笠落ちて父の錢母の飯戀し 母郷行
昭和28年
(1953)52歳
217 銅像の片手の巻物萬愚節 母郷行
218 氷食ふやバスのステップすぐそこに 母郷行
219 露の鐘鳴るとき母よ子を信ぜよ 母郷行
220 探幽描くは芭蕉へ母のかくれん坊 母郷行
221 澄むことに一生を懸けし人の泉 母郷行
222 前後なきかなしみ炎天の太鼓の音 母郷行
223 泳ぎ女一人 溪に佇ちこの國潔し 母郷行
224 道をしへ「日の道」海に盡くる頃 母郷行
225 枝葉に通ふ香の無花果を食べて自愛 母郷行
226 仔豚暖か白鷺の脚水に歿し 母郷行
昭和29年
(1954)53歳
227 母の命下に春灯點ぜし頃戀し 母郷行
228 蝙蝠飛ぶよ己が殘影さがしつつ 母郷行
229 葭切の上下に搖れる晝の月 母郷行
230 ひとを訪はずば自己なき男月見草 母郷行
231 小娘となりゐし吾子等鳰の行衛 母郷行
232 梅雨芽の月「主」を吾に似たる人と覚ゆ 母郷行
233 世間師の齒白く汗を壓拭 母郷行
234 獸屍の蛆如何に如何にと口を擧ぐ 母郷行
235 亡母の薔薇光の中はさびしきかな 母郷行
236 真直ぐ往けと白痴が指しぬ秋の道 美田
237 光ある中妻子と歩め薄氷期 美田
238 冬のルムペン打球の音見る痛さうに 美田
239 昼寝の後の不可思議の刻神父を訪ふ 美田
240 勝ち誇る子をみな逃げぬ赤のまま 美田
241 原爆忌いま地に接吻してはならぬ 美田
242 群蟹や独り据ゑられ人魚像 美田
243 新月一ついのちあまたの雁の列 美田
244 今よ今よ行く雁一つ一つ羽搏つ 美田
245 「身頃」といふ言葉などきき夜長なりき 美田
246 更にはらはら吸はれ加はり渡り鳥 美田
247 一河のほとり樹下に昼寝し友がりへ 美田
248 冬日たのしむ犬浜沙を前押しに 美田
249 重きものさがしては投げ枯野の子 時機
250 日比谷あたりの夜霧僅かにすなほなる 時機
251 紫雲英野に敢へて丘あり狂院載せ 時機

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