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山頭火『草木塔』を読む1〜10

1

鉢の子

松はみな枝垂れて南無観世音
大正14年(1925)
43歳
鑑賞日
2006年
1/1

 『草木塔』の第一句目の句である。この年山頭火は曹洞宗報恩寺で出家得度している。句は、松の木がみな枝を垂れて南無観世音と言っているようだ、というのである。世界は仏の慈悲の光に満ちているということを感受しているような内容である。山頭火は心底このように感じたのだろうか。心の底からではなく自己の願望を投影した観念だったのではないだろうか。そんな疑問が私にはある。山頭火の生きた軌跡全体からそういう疑念が湧くのである。
 俳句を作る上での一つの教訓があるように思える。観念的な言葉をなるべく使わない方が良い、ということである。観念的な言葉には、それを使うと、自分自身いかにもそれらしく思えるという落とし穴がある。この句の場合は「南無観世音」という言葉である。この言葉を使った時に、山頭火自身にも、世界がいかにも「南無観世音」らしく思えたのではなかろうか。現実と理想を混同するということ、それが観念的な言葉の働きの一つであることは注意していたほうが良さそうだ。

 と鑑賞したが、実はこの句の前書に「大正十四年、いよいよ出家得度して、肥後の片田舎なる味取観音堂守となったが、それはまことに山林獨住の、しづかといへばしづかなさびしいと思えばさびしい生活であった。」とあるから、鑑賞はまた違ったものになる。
 松が枝を垂れているということに、山頭火自身の心の淋しい状態を重ね合わせて表現していることになる。「観世音菩薩よ、この心の状態をお救い下さい」というようなニュアンスになる。俳句の鑑賞は難しい。


2

鉢の子

松風に明け暮れの鐘撞いて
大正14年(1925)
43歳
鑑賞日
2006年
1/2

 これは前の句に続く二句目であるが、寂しいという感じはこの句の方が誤解を招くことなく表現されていると思う。「松風の明け暮れ」にも寂しいものが感じられるし、「・・・鐘撞いて」というような中途半端な終り方で自己自身の不完全感が出ている気がする。


3

鉢の子

ひさしぶりに掃く垣根の花が咲いている
大正14年(1925)
43歳
鑑賞日
2006年
1/3

 久しぶりに寺の庭を掃いていたら、垣根に花が咲いているのに気がついた、というのであろう。よくは知らないが、庭を掃くというのは禅宗(曹洞宗は禅宗である)の寺での修業の一つではなかろうか。その行為を怠っていた自分に比較して、季節は進み、小さな花も咲かせるものは咲かせているという事実に、やはり自己自身の不完全感を感じたのではなかろうか。


4

鉢の子

分け入っても分け入っても青い山
大正15年(1926)
44歳
鑑賞日
2006年
1/4

 〈大正十五年四月、解くすべもない惑ひを背負うて、行乞行脚の旅に出た。〉と前書

 これが求道ということの現実である。分け入っても分け入っても、そこに安住できる境地が開けてくるわけではない。しかし分け入らずにはいられない、これが人間である。この句が人気があり、また優れているのは、この普遍的な事実を見事に書いているからである。
 この「青い山」をどう感受するかによって、人間の心持ちは変る。花を求めているのに青い山ばかりだ、と取るか、あるいはこの青い山はそれ自体美しい、と取るかの違いである。
 しかし、理屈は抜きにして、句自体には若々しい人間の青春性が感じられる。


5

鉢の子

しとどに濡れてこれは道しるべの石
大正15年(1926)
44歳
鑑賞日
2006年
1/5

 旅の途中の一つの場面がしっかりと見えてくる良い句である。そしてどこか肯定的な気分に満ちている。自分の旅を肯定する気分である。


6

鉢の子

鴉鳴いてわたしも一人
大正15年(1926)
44歳
鑑賞日
2006年
1/6

 〈放哉居士の作に和して〉と前書

 尾崎放哉の「咳をしても一人」に和しての作である。両句とも孤独感の表明であるが、放哉の句がより個我というものに執している感じがある。山頭火の句は「鴉鳴いて」と鴉が居ることによって、孤独ではあるが、自然とのあるいは他者との共生感が少しはある。そもそも放哉の句に和して作るのだから、当然のことと言える。放哉を読んだことはないからはっきりしたことは言えないが、この両句の違いがすなわち放哉と山頭火の違いではないかと直感している。すなわち放哉は個我に執した孤独な人、山頭火は孤独ではありながら、他者との共生感や自我よりも大きなものを求める気持ちが常にあったのではないか、ということである。
 いずれ放哉も読んでみなければなるまい。


7

鉢の子

生死の中の雪ふりしきる
大正15年(1926)
44歳
鑑賞日
2006年
1/7

 〈生を明らめ死を明らむるは佛家一大事の因縁なり(修證義)〉と前書

 山頭火の旅は観光旅行ではない。自分の生き方あるいは死に方を模索する旅であるし、旅そのものが彼の生でありまた死であった。そんな中を雪が降りしきっている。美しいしまた荘厳である。
 S音を多用した句には生と死の相が現れた句が多い。

彎曲し火傷し爆心地のマラソン   兜太
雪はしずかにゆたかにはやし屍室  波郷

など。


8

鉢の子

木の葉散る歩きつめる
大正15年(1926)
44歳
鑑賞日
2006年
1/8

 アンバランスな緊張感とでもいうべきものを感じる。「木の葉散る」はいわば自然がなるがままに手放し状態になったことであり、「歩きつめる」は人間の意志の極限の状態である。つまり自然との融合感がないのである。


9

鉢の子

この旅、果もない旅のつくつくぼうし
昭和2〜3年
(1927〜8)
45〜46歳
鑑賞日
2006年
1/9

 つくつくぼうしが鳴いている・・ツクツクボーシツツクツクボーシツクツクボーシツクツクボーシ・・・果もなく鳴いている。このつくつくぼうしの鳴き声を自分の旅と重ね合わせて「果もない」感じが良く感じられる。ツーンと耳の奥から存在のかなり深い処へ響いてくる感じがある。人生は本来旅そのものなのであるが、山頭火の中では何処かしら心の安住の地を求めている。やはりそんな心底満たされてはいない山頭火の旅ではある。


10

鉢の子

へうへうとして水を味ふ
昭和2〜3年
(1927〜8)
45〜46歳
鑑賞日
2006年
1/10

 山頭火は酒が好きであったらしい。酒を飲んだ後に味わう水であろうか。「へうへう」などという言葉を見ているとそんな感じが強い。体全体で水を味わっている感じであり、自分がもう水に同化してしまっている感じさえある。このような感じも含めて、酒飲みは酒を止められないのであろう。自分と世界の対立を忘れ去っている瞬間である。

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