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山頭火『草木塔』を読む111〜112

111

孤寒

おのれにこもる藪椿咲いては落ち
昭和13年
(1938)
56歳
鑑賞日
2006年
4/29

 この句も山頭火のこの頃の状態を表しているのではないか。「おのれにこもる」状態である。だから「咲いては落ち咲いては落ち」と句も落ちていく。


112

『草木塔』以後

生える草の枯れゆく草のとき移る
鑑賞日
2006年
5/1

 今日で山頭火の鑑賞を終ろうと思う。ある時期以降の山頭火の句は単調である。良く言えば安定した境涯感を持ち得たということであろう。「水の流れる如く生きたい」と思う境涯感かもしれない。しかし、「水の流れる如く生きたい」と願うことと「水の流れるごとく生きる」ことは違う。「水の流れるごとく生きたい」という慾も無くなった時に「水の流れるごとくいきている」ということになるのであるが、山頭火はそのあたりの詰めが甘かった。しかし何はともあれ、特異な生涯を送った一人の俳人として、山頭火を記憶に留めておきたいと思う。

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