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山頭火『草木塔』を読む51〜60

51

其中一人

水音しんじつおちつきました
昭和8年
(1933)
51歳
鑑賞日
2006年
2/20

 落ちついたということが本当かなあ、という気持ちでこれ以後の句をぱらぱらと眺めてみると、心の揺れはあるにしろそれなりに落ちついている感じはある。山頭火なりのライフスタイルを会得したのかもしれない。もしそうなら、振返って「うしろすがたのしぐれてゆくか」あたりの開き直りが境目だったような気がしてくる。
 またもしそうなら、今までは心の揺れの面白さでかなり沢山句を取り上げてきたが、これからはそれほど取り上げないのではないか、などという思いもある。いづれにしろ、これからも句を追ってゆきたい。

 掲出句は、水音を聞きながら落ちついたと言っているのであるが、やはり山頭火と水の親しさを思う。


52

其中一人

落葉ふる奥ふかく御佛を觀る
昭和8年
(1933)
51歳
鑑賞日
2006年
2/21

 半分半分で取り上げた。半分は詰まらないと思い、半分はこのように書きたくなる気持ちも解るということである。「佛」というのは単なる観念であるから詰まらないのであり、しかし僧としてはこの観念にすがることが心の安定にはなる。「落葉ふる奥ふかく・・・」の部分は美しい。


53

其中一人

ぬいてもぬいても草の執着をぬく
昭和8年
(1933)
51歳
鑑賞日
2006年
2/22

 これも悪い句として取り上げた。いかにも坊主くさい観念的な句である。


54

其中一人

ひつそりかんとしてぺんぺん草の花ざかり
昭和8年
(1933)
51歳
鑑賞日
2006年
2/23

 三句前に戻っての句である。
 この「其中一人」という章の後半部分の句は、孤独でそわそわとして雑多な感じがするが、そんな感じがこの句などにもよく出ている気がする。この辺りの句からそんな感じの句を拾ってみた。

ぬくい日の、まだ食べものはある
茶の木にかこまれてそこはかとないくらし
音は朝から木の實をたべに來た鳥か
人が来たよな枇杷の葉がおちるだけ
何とかしたい草の葉のそよげども
すずめをどるやたんぽぽちるや
てふてふうらからおもてへひらひら
やつぱり一人がよろしい雑草
けふいちにち誰も來なかつたほうたる
かさりこそり音させて鳴かぬ虫が來た


55

行乞途上

あるけばきんぽうげすわればきんぽうげ
昭和7年
(1932)
50歳
鑑賞日
2006年
2/24

 「行乞途上」と題された章である。年代的には一年戻る。
 「行乞途上」であるから行乞の旅をしている時の句達である。私には庵に居る時の句より旅の途上に居る句のほうがリズム感すなわち心の弾みもあり面白い。この句もそんな心の弾みがリズム感として出ている。そして明るい日の光を感じる。
 「行乞途上」におけるこの句までの三句は

松風すずしく人も食べ馬も食べ
けふもいちにち風をあるいてきた
何が何やらみんな咲いている

であるが、みな開放的なリズム感がある。


56

行乞途上

あざみあざやかなあさのあめあがり
昭和7年
(1932)
50歳
鑑賞日
2006年
2/25

 薊が雨上がりの朝に鮮やかに咲いている。それを感嘆音とも言える「あ」音の連続で書いた。心のリズムがそのまま句になったような印象で、山頭火自身もこの偶然に驚き、楽しみ、そしてニンマリしたのではないか。


57

行乞途上

うつむいて石ころばかり
昭和7年
(1932)
50歳
鑑賞日
2006年
2/26

 「うつむけば石ころばかり」だと人生訓のようになるが、そうでないのが良かった気がする。眼前に具体的な石ころが見えてくるからである。言っていることは同じであるが現実味が増すからである。


58

行乞途上

待つてゐるさくらんぼ熟れてゐる
昭和7年
(1932)
50歳
鑑賞日
2006年
2/27

 待っている。何を待っているのか。分からない。しかし、確実に言えることは、私達全ては、待っている存在である。実際、待つしかしようがないし、それがベストでもある。さくらんぼが熟れている。このさくらんぼも待っているのかもしれない。摘まれるのを。あるいは落ちて土に還るのを。


59

行乞途上

水をへだててなごやの灯がまたたきだした
昭和8年
(1933)
51歳
鑑賞日
2006年
2/28

 実は『草木塔』の観賞を止めたい気持ちもある。はじめの頃は山頭火の心の揺れが面白かった。また金子兜太(わが師)が山頭火について言った「存在難」という生き難いところのものを自分に引きつけて味わうこともできたような気もする。しかしある時点から山頭火は生きるということを流すようにしている感じがし、それが句に現われてきている感じなのである。もともと一人よがりに陥りやすい句形である自由律俳句であるが、流すように生きている人が書くと尚更とりとめのない呟きのようなものになる気がするのである。だからこの観賞を止めたい気持ちがやまやまなのであるが、一度始めたことを止めるのが苦手な性格なので、何とか最後まで続けたいのである。
 そこで考えた。山頭火が流すように書くなら、私も流すように観賞しようと。山頭火が呟くように書くなら、私も呟くように観賞しようと。山頭火がひとりよがりに書くなら、私もひとりよがりに観賞しようと。

 掲出句である。一人で旅をしていて、夜に街の灯がまたたいているのを見るのは淋しいものである。あそこには温かい家庭の団欒があり、にぎやかな人々の談笑があり、暖かい食べ物や飲み物がある。自分が離れてきた妻子のことが心に浮かばなかっただろうか。あるいは山頭火は花街のようなところを思い浮かべたのであろうか。私は知らない。


60

行乞途上

朝露しつとり行きたい方へ行く
昭和8年
(1933)
51歳
鑑賞日
2006年
3/1

 私には山頭火のように流浪する人に意識がよく分からない部分がある。芭蕉の旅には高邁な志向があった。一茶の漂白にもブラス指向があった。兜太の漂白には自在な精神が輝いている。山頭火の流浪には何があるのだろうか。もしかしたら敗北的な意識があるかもしれない。
 この句においても「行きたい方」というのが刹那的、動物的なニュアンスを帯びている。

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