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山頭火『草木塔』を読む61〜70

61

行乞途上

笠をぬぎしみじみとぬれ
昭和8年
(1933)
51歳
鑑賞日
2006年
3/2

 金子先生が山頭火のことを「記録する放浪者」であるという意味のことを書いていたと思うが、なるほどと思う。俳句は単なる記録ではないはずであるが、単なる記録であってもいいじゃないかという思いもある。単なる記録であるとすれば、山頭火の句に対してそんなに文句も出てこない。
 そのように掲出句を読めば、放浪生活の一場面としてしみじみと伝わってくるものはある。


62

山行水行

待つでも待たぬでもない雑草の月あかり
昭和8年
(1933)
51歳
鑑賞日
2006年
3/3

 58の観賞句「待つてゐるさんくらんぼ熟れている」では「待っていた」のであるが、この句では「待つのでも待たぬのでもない」となっている。このあたりが山頭火の落ち着きどころだったような気がする。開き直りでもあるが、案外この「雑草の月あかり」は美しい。


63

山行水行

月夜、あるだけの米をとぐ
昭和8年
(1933)
51歳
鑑賞日
2006年
3/4

 だらだらとした句が多い中で、この句は切れがある。俳句は切れ味が大事な要素の一つであるが、一般的に自由律の俳句はこの切れ味が薄いのではないか。


64

山行水行

水音のたえずしていばらの實
昭和8年
(1933)
51歳
鑑賞日
2006年
3/5

 「行乞途上」の後書きに次のように山頭火は書いている(部分)。
 ・・私は酒が好きであり水もまた好きである・・・・・これからは水のような句が多いようにと念じてゐる。淡如水─それが私の境涯でなければならないから。

 「なければならないから」というのが引っ掛かるが、要するに半分は自然に水が好きなのであり、半分は意志的に自分の在り方を水のような在り方に持っていこうとしているということか。
 掲出句においてもその心の葛藤のようなものが出ているのかもしれない。真に見つめなければならないのはこの「いばらの實」であるかもしれないわけである。この句の次にある次の句はうまくゆきすぎているような気もする。

うしろから月のかげする水をわたる


65

山行水行

ここにかうしてわたしをおいてゐる冬夜
昭和9年
(1934)
52歳
鑑賞日
2006年
3/6

 昭和四年の「どうしようもないわたしが歩いている」などに比べると、諦めということに慣れてきた雰囲気がある。


66

山行水行

よびかけられてふりかへつたが落葉林
昭和9年
(1934)
52歳
鑑賞日
2006年
3/7

 感じだけで言うのであるが、『草木塔』のはじめの頃は覚醒して生きようという意思があったように思うがこのあたりになってくると、山頭火の生は夢のような質を帯びてきている感じである。夢を分析するのも無意味だし、夢に付きあわされるのもかなわないのであるが・・・
 この句もよくある気の迷いである。「落葉林」だけは意識の彼方にあって存在している。


67

山行水行

雪のあかるさが家いつぱいのしづけさ
昭和9年
(1934)
52歳
鑑賞日
2006年
3/8

 明るい、そして静かだ、しかし寂しい。寂しいが何年か前の「張りかへた障子の中の一人」の蒼ざめたような切迫感はない。自分の在り方に慣れてきたということか。読むほうとしては詰まらないが、止むを得ないとしておこう。


68

山行水行

ふくろうはふくろうでわたしはわたしでねむれない
昭和9年
(1934)
52歳
鑑賞日
2006年
3/9

 この個別感があるから人間は眠れない。ふくろうはわたしでわたしはふくろうでねむる、となる。


69

山行水行

柿の若葉のかがやく空を死なずにゐる
昭和9年
(1934)
52歳
鑑賞日
2006年
3/10

 柿の若葉の美しさで頂いた。後の部分は自己執着の表明であり、ナルシシズムの変形だともいえる。


70

山行水行

蜂がてふてふが草がなんぼでも咲いて
昭和9年
(1934)
52歳
鑑賞日
2006年
3/11

 読んでいてもう読むことを止めてしまいたいと思うことしばしばである。酒飲みがくだを巻くのを聞いているような気さえする。もちろん仏僧でもある山頭火だから、それらしいほのめかしのある言葉を言うのであるが、やはりくだを巻いている感じは拭えない。
 この句なども、まことにそれらしいことを言っているのではあるが・・・・

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