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1061〜1070 

番号
覚え書き

日付

1061

ダムの人人雪ふる奥に青空出て

100608

ダムの人人雪ふる奥に青空出て      『少年』

 《只見川電源開発地帯をゆく 五句》と前書のある一句目の句である。「ダムの人人」というのはダムを造っている人人あるいはダムに関連した周辺の人人のことであろうか。これはおそらく奥只見ダムのことである。福島県と新潟県の境にあるダムであり、この辺りは豪雪地帯でもある。「ダムの人人/雪ふる奥に青空出て」の切れの空間にはダムの人人の様々な思いを覗き見ることができる。




1062

青栗散らばる一路ひたすら朝の径

100609

青栗散らばる一路ひたすら朝の径     『少年』

 〈神戸に転勤と決り猪苗代湖畔に友等と泊る 八句〉と前書のある一句目。これは昭和二十八年の句である。この転勤は昭和二十五年の福島に転勤に続くものである。この時の年譜には「六月、朝鮮戦争勃発。レッドパージ広がり、各労働騒然。十二月、組合を退かされ、福島支店に転勤。」とある。兜太の場合には転勤は飛ばされるという意味合いが強かったと思うのであるが、この神戸転勤もその続きであろうか。そういう社会状況を考えながらこの連作を読むと、その寓意が読み取れるような気がして面白い。以下

青栗散らばる一路ひたすら朝の径
刈られし草己ずと整然草刈りゆく
刈り草に吾れ伏し睡る貧者の村
林間に錆びしローラー晩夏の旅
廃邸に噴水飛沫たえず覗く
草刈りの刈りたる草が陽当る場所
庭園に蝉とまどなく鳴く別れ
犬伏して山鳩を聴く昼を発つ

 一句目の今日の句なども、そういう社会状況とその中における我れというものが寓意として描かれている気がする。




1063

黒牛遊ばせ青年磧をめぐり歩く

100610

黒牛遊ばせ青年磧をめぐり歩く     『少年』

 今は「青」という文字の入っている句を鑑賞している。色彩に関する句を拾ってみようと思っているわけである。「青年」という言葉ももともと青という色彩のもつ感じから来たのではないだろうか。
 「磧」は河原であり、川辺の、水が枯れて砂や石が多い所の意である。一方「黒牛」はこの青年(牧者)にとって育んでいるものの感じ、豊かなるものの感じである。この句は昭和二十九年の神戸時代の句である。組合運動を退かされて福島に転勤したのが昭和二十五年のことであるからそれから数年後の句である。「黒牛」は俳句、「磧」は会社、というような連想が働くのであるがどうだろう。その時もちろん「青年」は兜太自身のこととなる。




1064

青年等と突き出た空地の春昼見る

100611

青年等と突き出た空地の春昼見る     『少年』

 青年という言葉には、まだみずみずしい感性を失っていない、まだ狡猾さを身につけていない者という感じがある。そういう言葉の系列でみれば、少年・壮年・老年という言葉にもそれぞれ美しいイメージを持つことができるのであるが、例えば青年がみずみずしい感性を失い狡猾さを身につけた場合はどんな言葉になるかと考えてみた。キツネやタヌキには失礼だが比喩として使えば、キツネみたいな中年だとかタヌキじじいというような言葉になるのではないか。そして再び失礼であるが、政治の世界にはこのキツネやタヌキが多い。近頃自民党から民主党へ政権が移ったが、世間の人々には民主党の方がいくらかでも本物の青年や壮年が多いのではないかという期待があったからではないだろうか。私などもいくらかそういう期待の目でみている部分はある。




1065

痩せ犬と黒服に眼光る青年と 

100612

痩せ犬と黒服に眼光る青年と      『少年』

 ある小説の一場面と考えてもいいだろう。例えばドストエフスキーの「カラマーゾフの兄弟」や「虐げられし人々」では犬が印象的で大きな役割を持たされているが、この句の「痩せ犬」と「黒服に眼光る青年」には何か切っても切れない関係があるような気さえしてくる。そもそも犬という動物は人間にとって単なる家畜ではなく友達とも言うべきものである。兜太句の中から印象的な犬の句を拾ってみよう。

石垣に沿い犬走る夕三日月        『生長』
火の山登る翁褐色の犬を連れ       『少年』
ノートに触れ冬の犬の尾固かりき     『少年』
愛欲るや黄の朝焼に犬佇てり       『少年』
犬は海を少年はマンゴーの森を見る    『少年』
青い汐の日老人犬を馴しならす      『金子兜太句集』
犬一猫二われら三人被爆せず       『暗緑地誌』  
黄薔薇のそばを野良犬駈けすぐ屍(し)の兵士 『暗緑地誌』
よく喋る老婆と子犬白三日月       『暗緑地誌』
猟犬猛り猪出(ししで)ず月がでたそうな  『猪羊集』
犬の睾丸ぶらぶらつやつやと金木犀    『皆野』 
  わが家の犬チャブ死す
泰山木咲きつぎ死にゆくもの柔らか    『皆野』
稲田黄に全盲の画家犬と戯(ざ)れて    『皆野』
初茜犬捨てるとは何(なん)たる自由    『両神』 
わが家(や)の犬天道虫に執しおり     『両神』
犬たちが会うたびに鳴く晩夏かな     『東国抄』
いつもそこに寝ている犬に望(もち)の月  『日常』




1066

青田の径真直ぐの北陸ミルク冷し 

100613

青田の径真直ぐの北陸ミルク冷(ひや)し     『少年』

 二十年くらい前には私も猫の額ほどの小さい田圃で米を作っていた。その頃は毎年子ども達を連れて新潟の海に海水浴に行ったものである。その時に車から眺める新潟の田の広さにはやはり何時も驚かされた。そしてその真っ直ぐに伸びた農道を海に向って車を走らせたのであるが、多分七月か八月のことであるから、青田の状態ではなかっただろう。とにかく新潟はむっとする暑さだった。これが五六月頃の青田径であったなら、涼しい爽快感があったかもしれない。この句は〈北陸行 一〇句〉と前書のある句の一句目であり、作者は信越本線で直江津に向っている時に作った句かもしれない




1067

見下ろす北陸細分の青田に海迫り 

100614

見下ろす北陸細分の青田に海迫り      『少年』

 芭蕉の『おくの細道』に「早稲の香や分け入る右は有磯海」という句がある。有磯海というのは富山湾伏本港一帯の海であるらしく、今栄蔵さんの『芭蕉句集』によれば〈越中・加賀国境の倶利迦羅峠あたりで、眼下はるかな富山湾を眺望。大景のなかに実りの秋を捉えて、加賀百万石のイメージを形象〉とあるから、もしかしたら同じ場所での違う季節での眺望であるのかもしれないなどと楽しい想像をしている。この兜太句は〈北陸行 一〇句〉と前書のある八句目の句であり、この前書のある句の最後に沢木欣一夫妻(おそらく当時金沢在住)に関する句があるから、直江津から北陸本線で金沢へ向っている途中で作った句である可能性が高いから、芭蕉句の位置と同じと想像しうる可能性はある。




1068

両の手に青葉掴みて怜悧な子 

100615

両の手に青葉掴みて怜悧な子       『少年』

 「両の手に青葉掴み」はどんな状態なのだろうか。私には何となく立ち木の青葉を掴んでポーズをとって会話をしているような少年が先ず思い浮かぶ。非常にかしこいのであるが、少し生意気も入っているような少年像である。例えば『カラマーゾフの兄弟』のコーリャ・クラソートキンなどはどうだろう。「青葉掴みて」がどんなどんな様子なのかによって想像される人物像は違ってくると思うが、とにかく青葉を両手に掴んでいるという状態は少年に相応しい。




1069

秋芝にさかしまに寝て青年達 

100616

秋芝にさかしまに寝て青年達      『少年』

 何となく社会に反抗する青年達という感じがある。この句は昭和二十九年〜三十年の句であるから、フーテンとかヒッピーとかはいなかったし、学生運動なども殆ど無かったのではないかと思うが、しかし青年達がまったく反抗する余地のない社会というのもまた窮屈で無気味であるという気もする。




1070

艦隠す青黒い森へ洋傘干す 

100617

艦隠す青黒い森へ洋傘干す      『少年』

 状況はよく解らないが社会的な題材であろう。「艦隠す青黒い森」、軍艦だろうか、青黒い森に無気味な感じが漂う。「洋傘干す」は明るい生活の雰囲気がある。無気味なものと明るい生活の場面の対比の句としては同じ頃の句に

屋上に洗濯の妻空母海に

がある。



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