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1091〜1100 |
| 番号 覚え書き 日付 |
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爆撃の赤禿げのわが青春の島嶼 100710 |
爆撃の赤禿げのわが青春の島嶼 『金子兜太句集』
〈トラック島回想 十一句〉と前書のある一句目の句である。二句目からもすべて並べてみると次のようになる。 樹下の薄暮にギターの青年海踊らせ 私の父は現在九十七歳である。パーキンソン病があり車椅子の生活である。また脳梗塞の気も少しある。父は日中戦争に陸軍中尉として出征したらしい。戦場での爆撃で片目を負傷し帰国することになったらしい。母は内心このことを喜んだと聞く。もう戦場に行かなくて済むと思ったからだそうである。しかし、父や母からは戦時中のことについて詳しく話を聞いたことは殆どない。ことに父から戦場での話については聞いたことがない。私自身が父や母の過去のことに興味がなかった所為もあるだろうし、父や母も戦後どう生きるかで精一杯だった所為もあるだろう。今となってはもっと戦時中の話を聞いておけばよかったと思っているが、母は死んでしまったし、父からはもう無理だろう。 |
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樹下の薄暮にギターの青年海踊らせ 100712 |
樹下の薄暮にギターの青年海踊らせ 『金子兜太句集』
昨日は私は平畑(池田町広津にある)へ泊りで行って畑の草取りをしていたので書けなかったが、一昨日書き出した〈トラック島回想〉の中の一句である。戦地での句とは思えないような内容である。つまり青年が音楽を楽しみかつ自然との交歓があるというような状態は戦争の必要がない程豊かに自足した状態であると思うからである。しかも海を踊らせるほどにギターを奏でるということはかなりの深度で自然と交感している。 |
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浮上せぬ潜艦紺碧というべき日日 100713 |
浮上せぬ潜艦紺碧というべき日日 『金子兜太句集』
これも〈トラック島回想 十一句〉の中の十句目。生が充実し自然が豊かに張りきっているように見える「紺碧というべき日日」に、自分の同胞を乗せた潜水艦は浮上することもなく海の底に沈んでいるというのである。このいわば死と生を共に意識している在り方は重厚である。同じような対比のある句としてこの前書のある十一句目に次がある。 飢える島島われ海上に体磨き |
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青葉ごもりに陰険なニユースのテレビ点る 100714 |
青葉ごもりに陰険なニユースのテレビ点る 『金子兜太句集』
この句は句集の〈東京 昭和三十五・六〜三十六・一〉という章の五句目の句である。この「陰険なニュース」は何かと調べてみた。昭和三十五年の五月十六日に雅樹ちゃん誘拐事件という事件が発生している。雅樹ちゃんは五月十九日に殺害され、犯人は七月十七日に逮捕されている。この句における「陰険なニュース」はおそらくこの誘拐事件に関するニュースではないかと思う。六月十五日に改定安保条約批准阻止の全学連7000人が国会に突入し、東大生樺美智子氏が死亡するという事件も発生しているが、こちらは「陰険な」という感じではない。 長啼ける水恋鳥はおばしまに ちかぢかとして青葉ごもりに |
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青野に眠る黄金の疲労というもので 100715 |
青野に眠る黄金の疲労というもので 『蜿蜿』
生の充溢。若々しい肉体。健康な自然。とても素敵だ。『詩經國風』にある 麒麟の脚のごとき恵みよ夏の人 というのがふと思いだされた。 |
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幼時の祭蛇を青天に賭けて 100716 |
幼時の祭蛇を青天に賭けて 『蜿蜿』
「蛇を青天に賭けて」というのが難しい。幼時の頃にあったある祭のある場面の印象だろうか。難しい。蛇を青天に賭けるというような印象の土俗的な習俗の祭だったのだろうか。そう、印象としてはこの‘土俗的’という言葉が似合う。あるいは‘土俗宗教的’というような言葉。生あるいは性のエネルギーの象徴である蛇を青い天に賭ける祭を幼い頃に見た、というのである。 |
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海と交わるキヤンプの青年陽の唄歌う 100717 |
海と交わるキヤンプの青年陽の唄歌う 『蜿蜿』
これは『蜿蜿』第三章(竜飛岬にて)の中にある句である。若々しい心に映る旅の風物が魅力的な章なので、少々長いが全部書き出してみる。 トンネルに風びょうびょうと鳴り込む旅 詩人が言葉で掬い上げたこのような旅を、私はかつて何も言葉にしないで旅したような気がする。 |
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冬陽に睡る青春の日の真昼のごと 100718 |
冬陽に睡る青春の日の真昼のごと 『蜿蜿』
表記の上で「冬陽」と書くのと「冬日」と書くのでは印象が違う。冬陽のほうは太陽の光線である感じが強い。冬日のほうは太陽の光線であると同時に太陽そのものの感じであるし、冬の一日という意味もある。兜太句で「冬陽」「冬日」の句を拾ってみたがどうだろう。 冬陽の色帰営の兵の背のあたり 『生長』 ついでに「夕陽」「夕日」の句を拾ってみた。 舌は帆柱のけぞる吾子と夕陽をゆく 『少年』 「眠る」と「睡る」にも微妙な違いがある気がする。 |
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群青に街を混ませてセロリの仲間 100719 |
群青に街を混ませてセロリの仲間 『蜿蜿』
セロリの仲間が群青色に街を混ませているというのである。夢か童話かはたまたジョークかあるいは何かの皮肉か。よく分らない。
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烏と蛇を喰う信州の青空踏む 100720 |
烏と蛇を喰う信州の青空踏む 『蜿蜿』
信州の青空は烏と蛇を喰う、その信州の青空を踏んずけるというのである。神話的なイメージ、あるいは神話的な意識。 霧中疾走創る言葉はいきいき吐かれ |
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