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1101〜1110 

番号
覚え書き

日付

1101

鳥の字のネオン青光り睡魔くる

100722

鳥の字のネオン青光り睡魔くる       『蜿蜿』

 焼鳥屋、あるいは鳥料理屋の看板であろうか。そのネオンが青く光っている。要するに夜の都会であろう。私の人生においては夜の都会というものには殆ど縁がなかった。都会そのものに肌が合わなかったといったほうがいいかもしれない。街の灯が無数に拡がり、ところどころにネオンの光りが瞬いているような夜景を美しいと感じたりあるいはロマンチックだと感じたりする感じ方があるようであるが、私には只虚しく逃げ出したくなるだけである。そういう私独自の感じ方が私の人生の方向を決めてきたと思うのであるが、つまり自然の中に住むというような方向、兜太においては様相が少し違うようであった。彼は現在自然の地熊谷に暮しているそうであるが、これは本人の意思ではなく妻皆子さんの計らいであったらしい。本人は何処でもよかったらしいのである。後年の自然との交感豊かな句群にまみえることが出来るのも皆子さんのお陰だとすれば、その句群が好きな読者である私は彼女に感謝しなければならないのかもしれない。句集『蜿蜿』は熊谷へ引っ越す(昭和四十二年七月)前の六年間の作品を集めたものである。




1102

僻遠に青田むしろのごと捨てられ

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僻遠に青田むしろのごと捨てられ       『蜿蜿』

 私が住んでいる山村地域でも、条件の悪い山の田などはどんどん荒廃してゆく。そんな田を作るより金で米を買ったほうが経済的には合うし身体も楽なのである。え、こんな所にも昔の人は田を作っていたの、と驚くことが近くの里山などを歩いているとある。昔の田の跡にぼうぼうと萱や草が生い茂っているのを見るのである。そして昔の人の丹精ぶりやその頃の自然と人間の親密な関係を想像して感心するのであるが、今ではそれほど条件の悪い田でなくても荒廃してゆく姿が其処此処に見られる。今では田を苦労して作らなくても食える時代になったということであろうか。私の想像では、おそらくその苦労の部分(それが人であれ環境であれ)が地球上のどこかに行っているだけであるような気がする。
 僻遠に青田がむしろのごとくに捨てられていると感じている作者の感受性の力は、穿ってみれば、上述のような不条理を感得する力であるといえるかもしれない。




1103

青年の胸のカメラが風の擒

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青年の胸のカメラが風の擒(とりこ)       『蜿蜿』

 〈秋田・男鹿にて 十句〉と前書のある十句目の句。以下その十句。

とび翔つは俺の背広か潟ひとひら
蜂を飼う岬きらつき腹が空(す)
いま初夏の岬のわれらに寄せくる魚
風に抗して樹樹もわれらも傾くばかり
男鹿の荒波黒きは耕す男の眼
曇れば寒し肩広くわれら岬を去り
岩礁斑(ふ)をなす雨荒き男鹿の童唄
仲間たち乱雲疾しと食いまくる
葉裏無数の風の朝餉の灯台守
青年の胸のカメラが風の擒

 全体に風を感じる句群であるが、実際男鹿半島の北西端の入道崎は風の岬とも呼ばれているそうである。




1104

青年がペンで刺し剥く裸の蛙

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青年がペンで刺し剥く裸の蛙       『蜿蜿』

 子どもの頃によくエビガニ釣りをやった。餌として小さな蛙の皮を剥いてそれを糸の先に付けてエビガニのいる池などに放り込んで待っている。エビガニがその餌に食いついてくるのを引き寄せて網などで掬って取るのである。餌の蛙はまず地面に叩きつけて殺し、その足の先からきれいに皮を剥いでから糸に付けるのである。無邪気にそんなことをやっていたが、今考えれば残酷な感じがあることは確かである。この句の青年は何のために蛙をペンで刺しその皮を剥いたのだろうか。青年がエビガニ釣りをするとも思えないから、より残酷な印象を受ける。この青年自身の屈折とも考えられる。




1105

まる裸にのこる一つの青いしらみ

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まる裸にのこる一つの青いしらみ      『蜿蜿』

 実は私はしらみを見たことがない。蚤は子どものころ見た記憶はあるし、ダニは今でも猫などに付いているのを見るが、しらみは見たことがない。しらみには青い感じがあるのであろうか。兜太にはこの句の他に虱(しらみ)の句が二句ある。

世紀終る蚤や虱が復活す        『東国抄』
武器を売り株価を上げて蚤虱      句集外

 三句とも虱(しらみ)を寓意的に使っている感じもある。

 現代作家には虱の句はやはりそれほど無いようであるが、さすがに一茶にはたくさんたくさんある。以下

虱着て昼中もどる古郷かな
ばせを忌やことしもまめで旅虱
霜がれや番屋に虱うせ薬
あら玉のとし立かへる虱哉
やよ虱這へ 〜 春の行方へ
陽炎や敷居でつぶす髪虱
佐保姫も虱見給へ梅の花
髪虱ひねる戸口も春野哉
彼岸とて袖に這する虱かな
小筵にのさ 〜 彼岸虱かな
中日と知てのさばる虱かな
袖あたり遊ぶ虱の彼岸哉
雀子のはや羽虱をふるひけり
手伝て虱を拾へ雀の子
鶯にねめつけられし虱哉
うつるとも花見虱ぞよしの山
おのれらも花見虱で候よ
痩虱花の御代にぞ逢にけり
のさ 〜 とさし出て花見虱かな
梅咲や里に広る江戸虱
梅咲て虱の孫も遊ぶぞよ
形代に虱おぶせて流しけり
けぶりして虱のおちる草も哉
掌の虱と並ぶ氷かな
蚤虱よりあひもする背中哉
大川へ虱とばする美人哉
蓮の花虱を捨るばかり也
寝むしろや虱忘れてうそ寒き
虱ども夜永かろうぞ淋しかろ




1106

青天枕に彼も宇宙飛行士のほほえみ

100727

青天枕に彼も宇宙飛行士のほほえみ      『蜿蜿』

 青空の下、彼はうたた寝をしている。その顔にかすかに笑みが浮かぶ。どんな夢を見ているのだろうか。宇宙飛行士になって天を遊泳している夢を見ているのかもしれない。地上における、世間における重力から解放されて、今彼は自由だ。彼への眼差しである。




1107

刺振る海胆を覗き青年に詩の訪れ

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刺振る海胆を覗き青年に詩の訪れ      『蜿蜿』

 下手な俳句をひねる私としてもこの感じは分る。何かの事物を見てその事物に関して一句できそうだなと感じる時には海胆が刺を振るような感じが胸の辺りのある。こういう感じが無くて句を作ってもろくな句にはならないような気がする。別の言葉で言えば、微かな胸のざわつきとでも言おうか。おそらく青年というものはそういう胸がざわつくことが老人よりも多いかもしれない。感性がみずみずしいからである。ここでいう青年・老人とは実年齢とは関係ない心のあり方である。




1108

秋の曇りの青まみれの樹間

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秋の曇りの青まみれの樹間        『蜿蜿』

 樹樹の葉の緑も青というし、空の青も青という。この句の青の場合は空が曇っているのだから樹樹の緑のことである。私は山間地に住んでいるので、常に青にまみれて生活しているといってもいい。兜太は句集『蜿蜿』の後に熊谷に移っているから、この句の出来た頃はまだ自然の中に住んでいたわけではない。青まみれの樹間を見ている感じである。視覚的な句。




1109

鴉に襲われ馬喰青年の細眼

100731

鴉に襲われ馬喰(ばくろう)青年の細眼     『蜿蜿』

 句集『蜿蜿』は昭和三十六年四月〜四十二年七月の間に作られた句で出来ていて、ほぼ作句順であると後書にある。旅における句が多い。章の題名やら前書からだけでもそれは分る。題名と前書だけを書いてみる。前書は〈〉に入れる

章の題名
I 〈秩父にて 三句〉
II
III 竜飛岬にて  十九句
IV
V 〈軽井沢にて 四句〉〈静岡県金谷にて〉
VI 〈大洗にて 三句〉
VII 〈秋田・男鹿にて 十句〉
VIII 〈北海道にて 十句〉
IX
X 下北・尻屋崎にて  三十三句
XI 〈千葉・宮津岬にて 八句〉
XII 〈赤城にて 三句〉
XIII 〈東北・津軽にて 七句〉

 かなり旅の句が多い。それもIII章、X章、XIII章など青森県が多い。今日の句はIII章の中の一句である。




1110

青年に海鳴る三月の絵本

100801

青年に海鳴る三月の絵本        『蜿蜿』

 今は午前四時である。今日は少し早く起きてしまった。それにしても今年の夏は暑い。私の家は比較的に高冷地にあるのであるから都会ほどではないはずなのであるが、それでも現在パンツ一枚でパソコンの前に座っている。汗がじっとりとしている。異常気象異常気象と言われ始めて何年にもなるから、最近では慣れてしまってどうともなれというような投げやりな気持ちさえ起る。地球も単なる一つの天体であるから、いずれ滅びることは分っているが、それでも人間の所為で人間が住みにくくなる環境になるというのは愚かなことに違いない。かつて地球上にはヒトという愚かな種が存在していたというようなことが地球史の一ページを飾るかもしれないし、恐竜が滅びたように人類が滅びるのも大きな目でみればすでに折り込み済みのことなのかもしれない、というように人間そのものを突き放してみたくもなる。このようなシニカルな見方というのは私が老年になってきたからだろうか。どうもよくない。生きている限りは青年の気持ちを保っていなければ。



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