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〈生の詩人 金子兜太〉 111〜120

番号
覚え書き

日付

111

一抱えの褐色の月と闘う妻

070411

一抱えの褐色の月と闘う妻   『暗緑地誌』

 この句も、妻を自然の霊の現れと見ると一つの神話的な景として把握できる。人間的な事実あるいは心理的な事実がどのような状況なのかは分からない。しかし、あらゆる事が神話であり、詩であるという眼差しが作者に有ることは間違いない。
 今、私は、神話=アニミズムであるということを思っている。




112

山に雪くる妻が猫の毛吸い込む夜

070412

山に雪くる妻が猫の毛吸い込む夜  『暗緑地誌』

 自然の中で妻とともにある時間。その恵まれた時の流れの中の一つのエピソードとして懐かしい一場面である。その時何気なく撮ったスナップ写真が、後になってその時生きた時間を懐かしく思い出させてくれるように、この句などはそういう優れたスナップ写真を眺めるような懐かしい雰囲気がある。




113

逃げる逃げる野鴨野鼠妻の時間

070413

 夫婦が一つの分野で共に自分の歩みを進めて行けるというのはとても理想的なことである。カリール・ジブランは「夫婦は一つの神殿を支える二本の柱のようであるべきである」と言ったが、夫婦が共に価値観を持てる神殿とは何かという問題がある。それはそれぞれの夫婦で違う現れ方をしてくると思うが、私と妻の場合は、共通の分野として絵というものがある。これは神殿というものの現れの一部に過ぎないのであるが、具体的な同じ一つの分野を歩めるというのはとても幸せなことであることは確かである。しかし、主婦業というのは忙しくて妻が絵を描く時間というのはとても少ない。だから食事作りなどのほんの少しの面で、私も協力をしているつもりなのであるが、それでも妻の時間はさまざまな事でどんどんと逃げていってしまう。
 俳句という同じ分野で共に歩んだ兜太夫妻に関しても同じようなことがあったかも知れない。

逃げる逃げる野鴨野鼠妻の時間  『暗緑地誌』




114

鴎やわらか妻よろこんで日だまりへ

070414

鴎やわらか妻よろこんで日だまりへ 『早春展墓』

 鴎・妻・日がすべてやわらかいエーテルの中に溶け込んでいるようである。もちろんエーテルというのは宇宙に遍在する媒体という意味である。喜んでいる時には私達はほとんどエーテルに溶け込んでいる。この句はそういうとても幸せな時間を描いている。




115

くろくなめらか湖の少女も夜の妻も

070416

くろくなめらか湖(うみ)の少女も夜の妻も 『早春展墓』

 前の句と同じような質感である。前の句が昼の精そのもののような現れであった妻が、この句では夜の精そのもののような現れとなっている。
 妻は夫にとってまた夫は妻にとって神秘なるものへの入口であると言われるが、「鴎やわらか・・・」にしろこの句にしろ、作者は妻を通して、神秘なる自然の髄に触れている気がする。




116

青み増す四月のひかり妻は歯なし

070417

青み増す四月のひかり妻は歯なし   『狡童』

 『狡童』は兜太53〜55歳の時の句集であるから、当然夫人もそのくらいの年齢であろうか。私も五十代になって直ぐに総入れ歯になった。総入れ歯になって実にすっきりした。それまでは、あちらの歯肉が痛いこちらの歯肉が痛いと年がら年中苦痛であった。要するに歯槽膿漏である。私は虫歯は一本も無かったのであるが歯槽膿漏で総て抜けてしまった。そして総入れ歯になって歯肉の痛みから開放されたのである。そして総入れ歯というものはそんなに不便なものではなく、快適に使っている次第である。
 この句、「青み増す四月のひかり」という季節感の中で、「妻は歯なし」であるという事が肯定的に可笑しみをもって捉えられていて好ましい。




117

病む妻に添い寝の猫の真つ黒け

070418

病む妻に添い寝の猫の真つ黒け   『旅次抄録』

  猫の句であるとも言えるが妻の句でもある。いや、妻と猫の句、命と命の交感の句と言ったほうがいいかも知れない。はっきりとした色彩によって描かれたモダンな絵画のような視覚性もあるし、命の可笑しみもある。また当然、作者の妻への愛おしみの気持ちもある。




118

こでまり咲く地に妻おきて灘波江に

070419

こでまり咲く地に妻おきて灘波江に  『旅次抄録』

 百人一首の皇嘉門院別当の歌に「難波江の 芦のかりねの ひとよゆゑ 身をつくしてや 恋わたるべき」という恋の歌があるが、やはりこの歌の情をうっすらと心に置いて読むと句に厚みが出ると思う。この歌の意味とやかくではなく、要するに恋心ということである。「こでまり咲く地に妻おきて」ということで、全体に清潔感のある恋心と言えるのでは。歌の持つ粘っこい情感の世界とは一味違う清潔な味である。
 ちなみに歌の意味は「難波江の芦の刈根一節(ひとよ)のように短い一夜をあたなと仮寝したゆえに、一生この身をつくしてあなたを恋つづけることになるのだろうか」というようなことである。




119

妻の病

070420

 この四月二十八日は私の六十歳の誕生日である。この還暦を迎える日に簡単な遺書を書いて置こうかと思っているということは書いた。この遺書の宛名は妻である。というのも、私の中には私のほうが妻より先に死ぬという思い込みがあるからである。私の妻がそれだけ私より健康であるということでもある。
 金子兜太夫妻に関してはそれが逆であったらしいと推測している。実際に皆子夫人は先に亡くなられてしまったし、『少年』の「葭に直下の蝶あり病弱の妻に急ぐ」という句からも皆子夫人が病弱であったと思えるし、兜太の約百句ある妻俳句の中の約三十句以上は妻の病に関する俳句ということもある。また妻の病に関する俳句と妻へのいたわりの情を表現した俳句を合わせると妻俳句の約半数になるということもある。
 『東国抄』の皆子夫人が癌に倒れた時のあの圧巻の連作が特に数が多いのであるが、『旅次抄録』にも夫人の病に関する句が多い。次の七句がある。

病む妻に添い寝の猫の真つ黒け
伊豆の夜を遠わたる雷妻癒えよ
橙照る坂道喘ぐ妻癒えよ
白い突堤テトラポツトを病む妻撫で
海鳥あまた渚の骸(むくろ)病む妻へ
病む妻に走る猟犬朝の虹
九頭竜河口に羽毛ふりきて夏病む妻




120

富士山麓蝮傳く無邪気な妻

070421

富士山麓蝮傳く無邪気な妻  『旅次抄録』

 夫と妻というのは、その関係が柔軟で包容力の大きいものであればある程、相手はその様々な顔を見せてくるものではなかろうか。殊に、相手に対して無邪気な顔を見せられる関係というのは心が開放していて自由な証拠である。一般的な大人の関係に於ては、なかなか自分の無邪気な顔を見せられる自由さはないが、せめて夫婦に於てはそのような関係であり続けたいものである。



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