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〈生の詩人 金子兜太〉 151〜160

番号
覚え書き

日付

151

牛蛙眠れぬ妻に青葉の眼   

070525

牛蛙眠れぬ妻に青葉の眼     『東国抄』

 〈妻病む〉の連作の後に水牛や象の連作があり、また牛蛙の連作もある。この句はその牛蛙の連作の一つである。その牛蛙の連作を並べてみる

仏さま鷄も牛蛙も鳴くよ
太陽は大きくて黄色牛蛙
牛蛙眠れぬ妻に青葉の眼
昼間眠れて喜ぶ妻に牛蛙
牛蛙に眠り千鳥に目覚めている

 兜太の俳句にはとてもとても多くの動物が登場する。そしてどことなくそれらの動物が兜太自身の分身のような感じを受ける。こういう作家は希有なのではないか。例えば一茶なども動物に語りかけるような句があるが、やはり人間としての一茶が動物に親しみを感じているのであるが、兜太の場合は動物達がもう殆ど自己と一体となっている感じがするのである。兜太と自然は一体、自然児兜太ということであろうか。これらの句群においても、とくに牛蛙=兜太という感じが私にはしてしまうのである。




152

妻癒えゆく   

070526

雪の宿傷癒えたるや妻多弁      『東国抄』
良き医師に恵まれし妻青き踏む
癒えゆく妻巣立ちの鳥の羽搏くも
茂りあり静かに静かに妻癒えゆく
五月富士妻癒えたれば野路に親し

 妻が癒えゆくという過程と、雪の宿・青き踏む・巣立ちの鳥・茂りあり・五月富士という季語がみごとに交響している。これは表面的に上手いというレベルではなく、人間への愛深さ及び自然への感応力及び季語を含めた言葉への造詣の深さ、ということであろう。




153

妻病めば葛たどるごと過去たぐる   

070527

妻病めば葛たどるごと過去たぐる    『東国抄』

 妻が病むということ。しかも癌という死も視野に入ってくる病。妻という存在は自分にとって何だったのだろうか。この世に生まれて、たくさんの出会いの中から、偶然か必然か、一人の人が自分とこの生を共に歩むことになった。妻を通してたくさんの事を学んだ。男性原理女性原理。たどり着いたと思ってもまだその先がある愛というものの奥深さ。妻というものを通して寛容ということを自然ということを学んだ。時には絶望さえ伴う軋轢があったかもしれない。一対の異性が共に歩むということは、まさに人生に起こり得るさまざまな心理的な問題を全て経験させてくれるような気さえするのである。その妻が今、自分より先に死ぬ可能性のある病に倒れている。




154

手術待つ妻に海上の満月   

070528

手術待つ妻に海上の満月    句集後

 とても好きな句である。バッハあたりの音楽が聞こえてくるようである。運命に抵抗するというのではなく、運命に静かに深く身を任せた感じ。海上の満月がそれら全てを見守っている感じ。寄せては返す寄せては返す波の音が聞こえてくる。生も死も越えた生の音楽が聞こえて来る。




155

獅子座流星群病い養う妻の町に   

070529

獅子座流星群病い養う妻の町に    句集後

 男女が出会い、そして夫と妻になる。結婚そして結婚生活であるが、その事が良かったのかどうか、一つの判断の基準がある気がする。これは神話だ、妻も夫も神話の中で出会い、そして神話が続いていると感じられるなら、その結婚あるいは結婚生活は豊かなものに違いない。真実なものに違いない。良かったものに違いない。
 病い養う妻の町に獅子座流星群が訪れる。神話である。




156

病む妻に帰る鶫の御挨拶   

070530

病む妻に帰る鶫の御挨拶    句集後

 ああ、ほんとに素晴らしい。神話である。詩とは神話である。詩人であるとは神話を生きることである。最初、この「生の詩人 金子兜太」という書き物の副題に「徒然にまた神話的に」という言葉を書き添えようかと思っていたのであるが、まさにそういうふうに私自身この書き物を書きたいと思っていたのであるが、私が金子兜太の俳句を読み続けているのは、彼の神話を追体験したいと思っているからだろう。
 この句などは、アッシジの聖フランシスコを思い出させる。生は神話である。




157

医師の誠意に妻支えられ遠桜  

070531

医師の誠意に妻支えられ遠桜    句集後

 皆子夫人の主治医は相当な人物だと思う。それは皆子夫人の主治医に関する句群から推察するのであるが、皆子夫人は主治医に全面的に命を預けたという感じさえ持つのである。主治医に恋をしていたとさえ思われる。多分そういう全面的な信頼がなければ安心して手術を受けることは出来ないのかも知れない。殊に感受性の強い女性にとってはそうではないか。
 夫としては妻に何もしてやれない。医師に任せるしかないのである。社会的に忙しい夫とすれば、妻の側に居てやることもままならない。だから、医師が誠意に満ちた医師であることが嬉しい。しかし若干の、何と言ったらいいだろう、寂しさ?あるいはもどかしさのようなものがあったに違いない。それが「遠桜」という感じなのではないだろうか。

 金子兜太夫人の金子皆子は私の尊敬する俳人の一人である。そのみずみずしい純な真実味のある句は魅力がある。俳句の歴史の中でもその個性は傑出しているとみていいのではないだろうか。私自身、俳句を作る上でとても教えられるものが多い。そして妻は単なる夫の添え物ではなく、夫婦は互いに影響しあい高めあう存在だとすれば、この「生の詩人 金子兜太」という書き物で、皆子夫人の句を取り上げないわけにはいかないと気が付いた。そこで明日から、多分相当長い期間、皆子俳句を鑑賞したいと思うのである。




158

皆子俳句を鑑賞するにあたって  

070601

 私は長野県の北部の鬼無里村という山の中に住んでいるのであるが、一昨年に長野市と合併して長野市鬼無里となった。合併して一つだけ良いことがあった。それは長野市から移動図書館が隔週で山の中にもやって来てくれるからである。長野市の図書館の蔵書はインターネットで全て検索できるから、お目当ての本を注文すれば持って来てくれるのである。長野市の図書館に無い本でも条件が合えば図書館で購入してくれる。私は本を買わないことにしているので、とても重宝しているのである。何故、本を買わないかというと、金が無いからである。詳しく言うと、心理的に本を買う金が無いのである。私は若い頃からずっと絵を描いている。しかもろくに売れない絵である。売れない絵を描くということはいわば道楽である。そしてまた途中で俳句を始めた。これも金にならないからいわば道楽である。その上、読みたい本を買うというのは、どうしても心理的に抵抗があるわけである。私の人生、道楽で出来ているということになってしまうからである。
 何故こんな事を書くかというと、金子皆子さんの句を鑑賞するにあたって、本当はその句集を読めば一番良いと思うのであるが、その句集が無いのである、買わないから。金子兜太の句集は特別なので買うが、その他の句集は買わないことにしているからである。金子皆子さんの句集は図書館にも置いてない。そして個人の句集というのは、図書館に購入を依頼しても殆どが断られる。長野県立図書館にも無い。松本市立図書館にもない。よく出掛ける池田町の図書館にも無い。ネットで検索してみると、千葉市の図書館には有る。しかし、千葉市の図書館から借りるわけにはいかない。そこで金子皆子さんの句を鑑賞するにあたっては、私が『海程』に在籍している約十年間の『海程』誌に載った俳句のみを対象とすることになる。



159

初花や麻痺の右顔は固蕾  

070602

 と昨日書いたが、『海程』の皆子さんの句を読み始めたら全句を読みたいという思いに駆られた。そこで今回は特例として、金子皆子さんの句集を買うことにした。
 さっそく、そして久しぶりに金子先生のお宅に電話して、皆子さんの句集についてお尋ねした。皆子さんの句集は全部で四冊あるそうである。『むしかりの花』『さんざし』『黒猫』『花恋』である。この中の『さんざし』は他の句集と内容がダブルので必要無いとのこと。そこで他の三冊を送って頂くことにした。また『むしかりの花』はもう在庫が無いかもしれないということだったので、それならお借りできないかお伺いしたところ、何とかするとの話で有り難かった。
 金子先生は相変わらずお元気そうで、とても安心した。聞くところによれば現在顔面麻痺という病だそうで、その事をお伺いもしたり、またこの病は私の義父が持っていた病だったので、そんな話をしたりした。この病は私の義父を見ていると、顔の反面が歪んだようになる。『海程』2007年の五月号の金子先生の句に

初花や麻痺の右顔は固蕾(かたつぼみ)

という句があるが、まさにこのような感じの症状なのである。それにしても自分の病の事さえも、このような句に表現してしまうということ、まさに俳諧の権化、あるいは俳人格ということか。いや、この句に限らずその表現の領域が全的であることを考えれば俳神格とでも言いたいくらいである。




160

白梅や老子無心の旅に住む  

070604

 金子先生にお電話したときの金子先生の言葉。「買ってくれるのか。高けーぞー」。この庶民性。私に金を使わせないという心遣い。虚業としての俳句業へのへりくだり。そんなものを感じる。また今度、金子皆子さんの遺句集が出るそうであるが、それは別に私にプレゼントしてくれると言われた。この気前の良さ。とにかく金子兜太という人は人間的な魅力に満ちている。現在、俳壇の重鎮として尊敬されている金子先生であるが、その理由がその生な人間的魅力にあることは間違いないのであるが、一方で果してその俳句そのものが正当に評価されているのかどうかは疑問である。もちろんある程度の評価はある。しかし正当な評価であるとは見えない。芭蕉・一茶・蕪村・虚子・草田男・兜太・・・と肩を並べるが。もし二人挙げるとしたら芭蕉・兜太であり、もし一人挙げるとすれば兜太である。そういう評価を私はしているのであるが、これは別に私が兜太の弟子であるという身びいきなのではない。事実を言っているに過ぎない。もっとも芭蕉や虚子が人気があるのは理解出来る。いわば彼らは一面的であるからである。存在の一部を切り取って主張しているから見やすいのである。その点兜太はもっと全的である。全的である故に見にくい理解しにくいということはある。部分は理解しやすいが全体は理解しにくいということである。そして言っておきたいのは、芭蕉や虚子を理解しても幸せにはならないが、兜太を理解できれば幸せになるということである。個我の意識を存在全体の意識に融合させること、それが幸せになるということに他ならないからである。

白梅や老子無心の旅に住む   『生長』



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