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601〜610 

番号
覚え書き

日付

601

自伝的なものは一時中断する件

080913

 ここ暫く自伝のようなものを書いてきたが、やはり少し疲れた。自分では分かり切っていることを書くのは疲れるのかもしれない。また、あらゆる自伝はフィクションである、と言われるが、そのとおりかもしれない。自分を格好良く見せようとしたり、あるいは格好悪く見せようとしたりして脚色したりしてしまいがちだからである。つまり自分の人生を劇的なものに考えたい傾向が人間にはあるからである。また書くという現在の行為を面白くする為にそうすることもあるかもしれない。私は自分に関してなるべく嘘は書かないように注意しているが、表面的な事実を書き連ねて行くことは疲れるのではないだろうか。
 だから、自分史のようなものは一応〈インド旅行〉で中断して置きたい。またの機会があればそれ以降のことも書いてみたい。実際書きたいと思っていることが残っている。例えば結婚ということについてだとか、何故私が百姓仕事をすることになったのか等々である。しかしある意味それらはディテールであり、私の人生に於ける骨子のようなものは既に書いてしまったのである。今回の一番の成果は‘be’体験のことが書けたことである。この‘be’と〈インド旅行〉における結論、すなわち「人間は生きたい。如何に生きるかということは、その状況が自ずと示すだろう」ということ、が人生に於ける二つの大きな柱なのである。



602

何故金子兜太をやるのか

080915

 何故、金子兜太をやるのか。いろいろな言い方が出来る。そこに金子兜太がいるから、とも言える。彼は私の師であるから、とも言える。しかしここでは、‘be’ということに関連して説明してみたい。‘be’は究極的な真理である。それぞれの個我に関する真実ではなく、ありとあらゆるものに共通の普遍的な真理である。であるから個我それぞれのエネルギーの在り方についての指針を‘be’から得ることはできない。インドの神でいえば、シヴァみたいなものである。シヴァは死を司る神であり、永遠の静寂を司る神である。シヴァの奥さんにカーリー女神(シャクティー)がいる。彼女はありとあらゆる生のエネルギーを司る。この二人の神、すなわち死と永遠の静寂を司る神と、ありとあらゆる生のエネルギーを司どる神、が夫婦だというのはまことに意義深い。何故ならこの二人が融合し和合した姿、すなわち永遠の静寂とあらゆるエネルギーの和合した姿、簡単にいえば死と生の和合した姿にこそ我々が求めるところのものが在ると思えるからである。少し乱暴かもしれないが、これを俳句の世界に移し替えてみると、芭蕉はシヴァ派であり一茶はシャクティー派である。そして兜太はその融合した姿である。少なくとも私はそう見ている。だから私は金子兜太をやるのである。死と生の融合した姿を金子兜太に見るのである。そしてありとあらゆる対立概念は止揚される時に、その止揚された状態が対立概念の肯定的な方の表現で表現される。例えば、相対的な死と生という概念が止揚される時には、それは生と表現される。永遠の生ということである。永遠の死という表現はあまりしない。故に「生の詩人 金子兜太」という題名にしたのである。



603

蜂に刺されて傲慢人間喚きたり

080916

 私はこの「生の詩人 金子兜太」で一つの不可能な目論見を持っている。それは兜太のすべての句に一度は触れるという事である。金子先生の句を大体五千句として現在でも作り続けておられるから大ざっぱに六千句としても、一日に一句を取り上げるとしても一年に約三百句(書かない日もあるから)であるから、二十年かかる計算になるが、これは私の年齢からして殆ど不可能に見える。そして私は実はこの不可能であるというところが気に入っている。つまりこの「生の詩人 金子兜太」という書き物は完成しないわけであるが、この完成しないというところが気に入っているのである。果てしなく続くというところが気に入っている。何故なら‘生’というものはそういうものだからである。

 さて最近の我が家の出来事の一つに蜂騒動があった。その顛末は次である。
 ある日妻がパソコンをやっていると、そこに一匹の蜂がブーンと飛んできた。三センチくらいの蜂である。妻が蝿叩で落とすとその蜂が妻の足下に落ちて、どこに行ったのか分からなくなった。暫くして妻の足がその蜂に触れたらしくてチクっと刺された。猛烈な勢いで妻の足は腫れ上がってしまった。二日間くらい腫れていたようである。これが先ず発端である。何日かして、私が画室で仕事をしている時に、何だか妙な気配に気付いてふと天井を見上げると、天井がぐっしょりと黒く濡れているのであった。スワ、これは雨漏りかと思って、その日はちょうど雨が降っていたので、外に出て屋根の状態を見てみたが、何ともない。もう一度部屋に入って天井を見ていると何だかとても生臭いような匂いがする。そしてザワザワザワザワっと生き物の気配がするのである。もう一度外に出てその場所の辺りを眺めると二十匹くらいの蜂が小さな穴から出入りしているのが見えた。近寄ると、威嚇するように飛んでくるので近づけない。これで漸く事情が掴めた。要するに外壁の柱の部分にある小さな隙間から入り込んで、蜂が天井裏に巣を作っているのである。一階の天井と屋根裏部屋の床の間であるから、まったくの閉鎖空間で見えない場所なのである。ぐっしょりと黒く天井が濡れたのはおそらく蜂の分泌物が天井板に染みてきたのではないだろうか。そしてその生臭いような匂い。蜂は巣を作っても一年だけのことで秋には何処かに行ってしまうらしいから普通の場所なら放っておけば良いのであるが、とにかく天井板が濡れてくるのと、その匂いが部屋に立ちこめて来るので、何とかしようと思った。農協で蜂殺しのスプレーを買ってきて、夜になるのを待って、というのは蜂は夜になるとすべての蜂が巣の中に戻って休むからであるが、その柱の小さな隙間から蜂の巣の中に向けてこのスプレーを噴射した。一本約五百ミリリットルのスプレー缶全部をぶち込んだ。これでほぼ壊滅したのではないかと思い、安心して部屋に戻って食事をしていたら、そのうち何処から入ってくるのかわんわんと蜂達が居間の蛍光灯に群がって来たのである。こちらは妻がこの蜂に刺された経験からも、刺されたら厄介だと思っていたので、戦々恐々として蝿叩で一匹づつ確実に叩き落とし始めた。奮闘すること約二時間、少なくとも五十匹以上の蜂を叩き殺したのである。そしてその日は寝ることが出来たのであるが、それから数日間というものは何処からともなく蜂が出没して来るので、その都度叩き落とさねばならなかった。合計で七八十匹は殺したのではなかろうか。これは約二週間前の出来事であるが、現在ではようやく蜂の出没もなく、蜂の巣も静まってきたのである。この蜂は調べてみると、ヒメスズメバチという種類の蜂であるらしい。ちなみに私は一回だけ刺された。画室で絵を描いている時に、弱ったようなふらふらとした蜂が私の膝に落ちて来たので、何の気なしに傍にあったティッシュの箱で叩いたらその途端に膝をチクっとやられた。妻が刺された後に蜂に刺された時の対処方法を調べておいたので、この時は比較的に軽くて済んだ。要するに刺された場所を徹底的に水で洗い流すのが効果的だというのである。

蜂に刺されて傲慢人間喚きたり   『両神』

 そういうわけで次から兜太の蜂の句を年代順に鑑賞する。




604

熊蜂や蔵壁いたく陽の色に

080919

熊蜂や蔵壁いたく陽の色に    『生長』

 「蔵壁いたく陽の色に」というのが郷愁もさそい、またあたたかい。私ならどちらかというと「柿の木」あたりを配するのではないかと思うが、熊蜂というのがいかにも兜太らしい気がする。植物というよりは動物という感じがどちらかといえば兜太にはある。熊蜂はずんぐりむっくりとして、どこかユーモラスな蜂であり、またスズメバチのように危険性は少ない蜂であり、この句のあたたかい懐かしい雰囲気に合っている。また、あのブーンという飛行音もこの懐かしさの要素に混ざり込んでくる。




605

花粉まみれの蜜蜂とび交いひもじけれ

080920

花粉まみれの蜜蜂とび交いひもじけれ    『少年』

 若者の性への憧れが見事に表現されている一句ではないか。直接的には何も言ってない故に尚更に見事である。若者の意識の底に常に隠れている憧れであるからである。性への憧れは生への憧れであり、その辺りが蜜蜂の生命活動に託されて見事に表現されている。清潔で健康な憧れである故にまた生々と美しい。




606

首に弁当秋の蜂など山が聳え

080921

首に弁当秋の蜂など山が聳え     『少年』

 秋の澄んだ空気の中の気持ちのよい野山の逍遥という感じである。風景との交感だけでなく、動物との交感があるところが兜太らしい。




607

蜂の翅紫紺なる日をいかに
すべき

080922

蜂の翅紫紺なる日をいかにすべき   『少年』

 この色が紫紺である。雅を帯びて奥ゆかしい色である。紫紺という音の響きもどこか凛々しくて深い精神性を感じるような響きがある。そういう色や言葉の響きが、連想される蜂の翅の響きとも相まって、高鳴るような青春の精神性を感じる。青年のあるいは青春の清潔なエネルギーの横溢した時間を感じる句である。



608

三日月がめそ
めそといる米の飯

080923

 蜂の句を鑑賞している最中であるが、今日は違う話題を。
 石油や穀物の高騰。この大きな原因は投機マネーにあるらしい。投機マネーと言ったって何のことか殆ど理解できない。しかし根本的なことは解る気がする。もともと貨幣というものは人間の生活が豊かになるために物々交換では不便だからということで生まれたものであろう。その貨幣がだんだんと物そのものよりも大事になってきて、更には貨幣というものが金(きん)や紙幣という物でもなくなってきて、非常に複雑な経済システムの中の電気的な痙攣のようなものになってきて、もはや人間の生活を豊かにする為の道具ではなくなってきて、そちらの方が逆に人間を支配する抽象的な怪物になってきてしまった、というような事ではないのだろうか。私は単純な人間だから、紙幣という段階で考えても、例えば一俵の米と一万円札十枚と本質的にどちらが価値あるものだろうと考える時に、どう見ても、十枚の紙よりは一俵の米の方が価値あるものに決まっていると思うのである。この怪物のような現代の経済社会を頭に置きながら、「一粒の米、一粒の米」と繰り返して言っていたら、涙がこぼれそうになった。あのつやつやとした米粒。光り輝く人間の心のようではないかと思った。
 で、俳人としての性で、これって句にならないだろうかと考えた。「一粒の米のことを思っていたら涙が出てきた」という内容である。しかしどうもセンチメンタルだなあという客観も働いた。最終的には次のような形になった

センチな月だ米と涙が一粒づつ     空音

 月が出てきたのは金子先生の次の句を思い出したからである。

三日月がめそめそといる米の飯     『蜿蜿』

 そしてまた、金子先生もこの句を作った時に、米の飯ということに感傷的な気分だったのではないだろうかと思ったのである。感傷的主観的なままでは俳句にならないから、ちょうどその時に心の中にあった三日月で客観化を図ったのではないだろうか。




609

煙出しに熊蜂奏で朝の疲れ

080924

煙出しに熊蜂奏で朝の疲れ     『少年』

 我が家は築百年以上の百姓屋である。昔は茅葺き屋根であったが、現在では、その屋根にトタンを被せてある。これは茅で葺き替えるのがべらぼうに高いし、その職人もあまりいなくなったことなどからトタンを被せてしまう方が簡単だから、多くの農家はそうしているのである。昔は家の中で囲炉裏を焚いたから、屋根の上部には煙出しがついていた。下の写真が我が家であるが上の部分にそれが付いている。

 この句では多分昔の茅葺き屋根であったのだろうと推測する。「熊ん蜂が煙出しのところでぶーんぶーんと奏でているなあ。しかし俺は今朝はどうも疲れ気味のようだ」という状況であろう。一昔前の田舎の日常の一コマのような風情の句である。




610

熊蜂とべど沼の青色を抜けきれず

080925

熊蜂とべど沼の青色を抜けきれず     『少年』

 兜太の魅力の一つであるアニミズム系のというかアニメーション系のというか、色彩感豊かな現実と夢の世界の間に位置するような雰囲気。そいういう意味では例えば

梅咲いて庭中に青鮫が来ている     『遊牧』

と同質である。同質であるが、あえて違いを言えば、句の内容に現れた兜太自信の物語が進んでいるという感じである。「沼の青色を抜けきれない」若さと、「庭中に青鮫が来ている」豊穰な感じである。しかしいずれにしてもその視覚に訴えてくる美しさは格別である。



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