表紙へ 前のページ 次のページ

金子兜太全句鑑賞11〜20 (『生長』11〜20)

11/seichou-11

句集『生長

朝日まぶしむ女となりし妹よ
作句年
昭和15年
1940年
年齢
21才
鑑賞日
2004年
3月10日
 句集『少年』の東京時代(昭和十五年〜十八年)の句に「嫁ぐ妹と蛙田を越え鉄路を越え」とあるから、その頃の句であろうか。
 女性は恋をしたり結婚をしたりするとがらっと変わる。彼女にとって世界は美しい。日頃見慣れている朝日もとてもまぶしく美しくまた祝福に満ちている。そして彼女自身も美しい。作者はそのような妹をまぶしく見ているのである。

12/seichou-12

句集『生長-東京時代ー

性格への恚り蠅交む空澄み通り
作句年
昭和15年
1940年
年齢
21才
鑑賞日
2004年
3月11日
 性格(さが)、空(くう)とルビが振ってあるから、読み方は「さがへのいかりはえつるむくうすみとおり」であろう。また漢和辞典によると「恚る」は恨むというニュアンスを含んだ「怒る」らしい。
 人は生の始まりにおいて澄みきった「空」をかいま見る。まさに無心の状態がそこには在る。しかしやがて誰しもそのエデンの園を出て、自我との葛藤の旅に出なければならない。自分の与えられた性格にもどかしさを感じて怒ることもあるだろうし、生まれ落ちてきた事を恨むこともある。このような過酷な生において、何よりも力になるのは嘗て垣間見た「空」の実感である。この実感を常に思い出す事のできる人は祝福されていると言える。この句において「蠅交む」はこの甘くまた混沌と過酷な生の象徴であり、「空澄み通り」は嘗て有り再びたどり着くであろう空なる境地の象徴である、と私は見る。
 兜太が第一作で「白梅や老子無心の旅に住む」と作ってくれたことは有難い。この句があるからこそ、常に原点からものを見ることが出来るのだから。

13/seichou-13

句集『生長-東京時代ー

女体欲りひとりの夜道靴鳴らす
作句年
昭和15年
1940年
年齢
21才
鑑賞日
2004年
3月12日
 性に関しての表現は堂々とやったほうがいい。性に真向かうことは生に真向かうことだからである。インドのカジュラホの太陽の下の男女合歓の彫像群などを見ていると、生きるのが楽しくなるほど大らかで美しい。兜太の性に関する表現も率直で開けっ広げである。つまり、生きるということにおいて「どこにも逃げ隠れはしませんよ」という彼の宣言とも受け取れる。
 「ひとりの夜道靴鳴らす」はいかにも初々しい青年の精神と身体を感じる。


   カジュラホの寺院の壁の彫像群の一部


14/seichou-14

句集『生長-東京時代ー

機銃音老いし牧師を瞬かす
作句年
昭和15年
1940年
年齢
21才
鑑賞日
2004年
3月13日
 この牧師、嘗て戦場に行ったことがあるのかもしれない。とにかく、機銃音がこの老牧師の心の何かに響いたのだ。人間の歴史は戦争の歴史だと言っても言い過ぎではない。多分それは人間が戦争を望んでいるに違いないからだ。「平和の為の戦争」などという言葉はまやかしに過ぎない。だから戦争を仕掛ける人は少なくも、自分は戦争が好きなんだという自覚を持って仕掛けてもらいたいものである。
 平和惚けという言葉がある。今の日本の状況はまさにそれに近いのではないか。ただ、私に言わせればそれは、平和であるが故の惚けではなく、平和だと錯覚している為の惚けである。環境問題、食料問題、障害者の問題・・等々どれ一つをとっても危機感が生じてくる問題ばかりである。
 ある統計によると、世界の人口の6パーセントがアメリカ人であり、世界の富の60パーセントを所有しているのがアメリカであるらしい。また、もし世界の人々がアメリカ人並の生活をすると地球があと6個必要だという計算もあるらしい。つまり、アメリカに象徴される先進国がこの地球上でとんでもない自分勝手をやっているわけである。私の見るところ、このアンバランスが全てのテロの一番の原因である。そしてこの甘い汁を吸い続けたいがためにアメリカは戦争を仕掛けるのである。
 だんだん句の鑑賞から離れていってしまうようである。つまり、この句の内容に関して言えば、戦争は良いにつけ悪いにつけ、人間を覚醒させる要素があるという事である。そして私が付け加えたいのは、21世紀の現在は絶対に戦争は起こすべきでないという事である。
 私の筆の力が足りないので数葉の写真に助けてもらう。下はアメリカが湾岸戦争で使った劣化ウラン弾の為に生まれた奇形児の写真である。



詳しい情報を知りたい方は下のサイトでどうぞ
http://www.tgk.janis.or.jp/~blessing/REKKAURAN/lekkaulan.html


15/seichou-15

句集『生長-東京時代ー

コーヒーストロー風に揺れ小さな町にいる
作句年
昭和15年
1940年
年齢
21才
鑑賞日
2004年
3月16日
 前回がハードな鑑賞だったので、軽い、気持ちの良い句を選んだ。五七五、五七五、五七五と並んだ俳句を読んでいると、たまにこの定型を無視して日常のさりげない場面を詠んだ句に出会うとほっとするものがある。定型を基本にしながら、たまに少し外す。これが極意かも知れない。
 私はこれを「片足理論」などと名付けている。自分が大事にしているものに片足(軸足)を突っ込んでおき、もう一方の足はぶらぶらさせておくのである。いくら自分が大切に思っているものでも、両足を突っ込んだ状態にしてはいけない。両足を突っ込んでしまった状態に身を置くと、がちがちの石頭の年寄りになってしまって身動きが取れなくなってしまうからである。これが私の生きる秘訣の一つである。俳句に関して言えば、一応「有季定型」に軸足を突っ込んだ状態に私は在る。

16/seichou-16

句集『生長-東京時代ー

月冷えの岩群とあり神を信ず
作句年
昭和15年
1940年
年齢
21才
鑑賞日
2004年
3月18日
 「神を信ず」という記述が興味を引く。これはこの世界の核としての漠然とした中心的存在としての神ということだと思う。そしてこの書き方では、兜太は自分をその一つの小さな被造物として見ている。それゆえ「月冷えの岩群」が自分と同列に置かれ、親しくもまた神々しく感じられている。
 神と自己との関係をどう保つかという問題は問題である。様々な態度があって、そのどれが優れているということではなく、自分に合った態度を見つけられるかどうかが問題なのである。ヒンドゥーでは「神を広大な空のように感ずる態度」、「神は主人、自分は召使い」「神は夫、自分は妻」「神は友人」「神は自分の子供」などがある。また、最も危険性をはらんだ「私は神である」とする態度もあるようである。
 これから兜太句で神がどのように描かれていくのかを見るのも、また楽しみの一つではある。

17/seichou-17

句集『生長-東京時代ー

木樵呼ぼうこだまを得てはまた呼ぼう
作句年
昭和15年
1940年
年齢
21才
鑑賞日
2004年
3月19日
 〈秩父栃本行・三句〉と前書があるうちの一句
 すがすがしい感じがする一句である。と先ず思ったが、読んでいるうちに「呼ぼう」「呼ぼう」と繰り返しているのが何かを打ち破りたいような叫びなのではないかと思えて来る。時代は戦争前夜である。何か鬱屈したもやもやしたものがあったのかもしれない。この句の前に「馬トロの男物言わず虻追わず」という句があることからしても、そういう受け取り方が正しいのではないか。(ところでこの「馬トロ」というのは馬肉のトロの部分なのであろうか。)
 青年らしい叫びとしてすがすがしいものがあるのは確かである。年寄りじみた事を言ってしまえが、今の青年にはこの真っ正面からの叫びというのはあるのだろうか。

18/seichou-18

句集『生長-東京時代ー

路次いくつ曲れど白き昼の月
作句年
昭和15年
1940年
年齢
21才
鑑賞日
2004年
3月20日
 厄介なのはこの自我である。何処へ行っても着いてくる。何処へ逃げても着いてくる。観念してそれに真向かうと決意するまで着いてくる。ことに青年期、この訳の分からない自我というものから逃げたくなるが、着いてくる。それはまさに青年期においては白々とした昼の月のように虚無的な影を持って着いてくる。青年期に無闇に旅をしたくなるのはこの白々とした影から逃げたいという願望もありはしないか。いや私に関して言えば多分そうだった。激しくも孤独な白々とした青春の思い出である。
 さてこの句、あまりにも自分に引きつけて解釈してしまった。やがて兜太に「白い人影はるばる田をゆく消えぬために」というのが出てくるが、そこで私がどういう解釈をするか、私自身楽しみである。

19/seichou-19

句集『生長-東京時代ー

木葉髪家嗣がぬ故を問われつつ
作句年
昭和15年
1940年
年齢
21才
鑑賞日
2004年
3月21日
 現在の作者の事を考えると何となく可笑しさがこみあげてくる。私もそうだが、現在の兜太は禿頭である。「家嗣がぬ故を問われつつ」も抜け毛が気になっている図が可笑しいのだ。抜け毛など気にしたこともないような図太い神経の持ち主のようにみえる作者とのアンバランスがまた可笑しい。この句は、神経質な感じの人が書いても、髪がふさふさある人が書いても、この面白さはでなかっただろう。

20/seichou-20

句集『生長-東京時代ー

鶏つぶせし手を振つてゆく落葉道
作句年
昭和15年
1940年
年齢
21才
鑑賞日
2004年
3月22日
 鶏をつぶせなければ鶏肉は食うな、豚を殺せなければ豚肉は食うな、鯨を殺せなければ鯨肉はくうな、というのがやはり原則だろう。今はスーパーで奇麗にパックされた食肉が売られていて、やれ神戸牛だ霜降り肉だといってグルメ達が買い求めていくが、何となくやっぱり変である。現代文明の恩恵にたくさん与っている人は、事物の甘い上澄みだけをちょこちょこっと摘み食いしているにすぎない。もっと全体を頂かないと危ないという気がする。昨今の狂牛病や鳥インフルエンザの騒ぎはそういう人類の在り方に自然が反撃を加えたものかもしれない、などと私は思ってしまうのだ。
 この句。ひょいひょいと鳥をひねって爽やかに手を振って去ってゆく。多分田舎の人だろう。肉を食うならこうありたいものである。
表紙へ 前のページ 次のページ