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金子兜太全句集鑑賞431〜440(『両神』28〜37)

431/ryougami 28

句集『両神』ー4

長生きの朧のなかの眼玉かな
昭和61〜平成7
1986~1995
67〜76歳
鑑賞日
2005年
7/27

 この句も「そうなのかなあ、長生きするとこんな感じもあるのかなあ」と思う。周りの物事はおぼろおぼろとしてはっきりしないが意識ははっきりしている、という感じ。手離し状態の、あるがままに任せた感じ。レット・イット・ビーということの長生き篇とでもいう感じ。
 考えてみれば、若いころは物事をはっきり見よう見ようともがいていたような気がする。その結果かえって何が何だか分らなくなることもあった気がする。それがだんだんレット・イット・ビーというコツを覚えて生き易くなっていき、「朧のなかの目玉」というような意識になってゆくのかなあ、などと考えている。
 この句から思い浮かぶ人物像は菩提達磨であり、またやはり老子である。


432/ryougami 29

句集『両神』ー4

配流の院春は対馬海流とありき
昭和61〜平成7
1986~1995
67〜76歳
鑑賞日
2005年
7/28

 〈隠岐 四句〉と前書のある一句目

  「配流の院」とは承久の乱に破れて隠岐島に流された後鳥羽上皇のことである。後鳥羽上皇は多芸多才の持ち主で特に和歌には秀でていたらしい。『新古今和歌集』は彼の院宣また編集によって完成した。隠岐に流された後も『新古今和歌集』の編集を続け『隠岐本新古今和歌集』を作っている。彼の隠岐での次の歌は有名である。

われこそは新島守よ隠岐の海の荒き波風こころして吹け

 掲出句はこのような後鳥羽上皇の境遇を思い浮かべながら詠んだ句である。滔々と対馬海流の流れているであろう春の海を眺めながら、「島流しの生活もまんざら悪くはないな」と作者は感じたのではなかろうか。


433/ryougami 30

句集『両神』ー4

蜂に刺されて傲慢人間喚きたり
昭和61〜平成7
1986~1995
67〜76歳
鑑賞日
2005年
7/29

 自分の事は棚に上げておくことにして、やはり可笑しい句である。人間誰しも少なからず「自分は偉い」と思っている。無意識の内に自分よりも下位に居る人を想定しながら生きていたりする。そして自分は謙虚で徳があるなどと思っている傲慢さ。そんな人間様が、たかが昆虫である蜂に刺されて「こんちくしょう」などと喚く。この逆転が可笑しいのである。
 自分の事は棚に上げておくと書いたが、実は私も一年に一度くらいは蜂に刺される。そして結構喚いている可能性が大である。田舎暮しをしているから、年に二三回刺されることもある。外で刺されるばかりでなく家の中でも刺される。一番の醜態は次のような事があった。
 小さな蜂だが、時々畳んである洗濯物などの中に潜んでいることがあり、下着などを着た途端に刺されることがあるのである。これが多分二回はあった。ある時、パンツの中に潜んでいてパンツをはいた途端にオチンチンの先を刺された。みるみる腫れ上がり、場所が場所だけに普通以上によく腫れた。これは夜、風呂に入ってから服を着た時の話であるが、ちょうどその翌日に東京に行く用事があり、電車で行く予定であったのが、歩くと擦れて痛いので、その部分をいたわりながら車で行った覚えがある。この時は蜂に対して大いに「こんちくしょう」と思ったことである。
 さて「蜂に刺されて傲慢人間喚きたり」ということに関してはもう一つ思う事がある。自然の中に暮す人間が自然に対してあまりにも傲慢になってはいないか、という事である。そのうち自然から大きなしっぺ返しを喰らうことになりはしないかという事である。昨今の異常気象などを考えると、やはりそう思う。その時、喚かないでいる覚悟は人間にはできていない。


434/ryougami 31

句集『両神』ー4

存在や木菟に寄り添う木菟
昭和61〜平成7
1986~1995
67〜76歳
鑑賞日
2005年
7/30

 〈木菟〉は[みみずく]とルビ

 スッと入ってくる句ではなかったが、「存在」という言葉に魅かれて取った。
 結果的には、木菟に寄り添う木菟が描かれているがっちりとした構成の絵画が見えて来る。しっかりとした太い線のデッサンによるような油絵といった感じの絵である。
 前に、兜太は視覚的要素の強い作家ではあるまいか、というような事を書いたが、この句などを読むと、再びそのような感慨が起こってくる。多分、見るという働きを通して存在に接近することが多いのではないか。そういえば彼の書などの視覚的な面白さは抜群である。ちなみに、最初この句が私にスッと入ってこなかったのは、多分に私が聴覚的人間だからである。


435/ryougami 32

句集『両神』ー5

白山茶花惑星がぶつかるかもしれぬ
昭和61〜平成7
1986~1995
67〜76歳
鑑賞日
2005年
7/31

 感覚の働いた良い句であるが、最初取るかどうか迷った。何となく兜太らしくない感じがしたからである。兜太らしいとは、肉体感覚や土の感覚があるということである。駄句に思えるような句でもこの肉体・土感覚だけはずっと有ったような気がする。だからこの句は金子兜太でなくても書ける句のような気がしたわけである。
 しかしこの一句だけを眺めているとその口調などから、「そうでもないな、やはり兜太の範疇にあるな」と思えてくる。多分、周りにある句が泥臭いと言える程に土臭いのである。
 とにかく、「白山茶花」を形容する言葉として「惑星がぶつかるかもしれぬ」という言葉が素敵だったので頂いた。


436/ryougami 33

句集『両神』ー6

両神山は補陀落初日沈むところ
昭和61〜平成7
1986~1995
67〜76歳
鑑賞日
2005年
8/1

 「補陀落 (ふだらく)」は大辞林によれば〈インド南端の海岸にある、八角形で観音が住むという山。中国・日本で、多く観音の霊場にこの名を用いる。〉とある。
 〈両神山〉はWikipedia によれば〈埼玉県にあり、秩父山地の北端にある山。標高1,723m。日本百名山の一つ。山名は、イザナギ、イザナミの神を祀っていることから両神と呼ぶという説、「龍神を祭る山」が転じて両神山となったという説など、諸説ある。古くからの信仰の山。両神神社がある。〉とある。

臘梅の宝登山から望む両神山
http://www.geocities.jp/ryokami3/より

 両神山はこの句集の題名にもなっている。両神山はおそらく作者の生活環境の一部として作者の心の片隅を占めているのかもしれない。句の調子から、作者のこの山に対する尊敬の気持ちが感じられる。このような句をこの両神山が見える場所に、ひっそりとした小さな素朴な感じの石に彫って、句碑として立てて置きたいものである。


437/ryougami 34

句集『両神』ー6

春の城姫蜂落ちて水の音
昭和61〜平成7
1986~1995
67〜76歳
鑑賞日
2005年
8/2

 〈城 五句〉と前書のある一句目

 艶を感じたので頂いたのである。この艶はどこから来るか、というと主に「姫蜂」という言葉から来る。ヒメバチという実際の事物から来るのではなく姫蜂という言葉から来る。かといってヒメバチという実際の事物の裏付けが無いと詩的な咸興は起こらない。多分、事物とそれを指し示す言葉との微妙な関連の中に詩は存在するのである。この句、実際にヒメバチが水に落ちたという事実の中に詩的なものを感じた作者がそれを掬い上げたのか、あるいは作者の中に湧いた詩的咸興が何らかの事実の上に投影されて言葉が出てきたのか、そのどちらかは分らない。分らない辺りが良い。

オナガヒメバチの一種

http://www.museum.kyushu-u.ac.jp/SPECIMEN/s_insects1/hikosan-0.html

 城というのは男性的なものの象徴である。そこに姫蜂が落ちて水の音がした。さまざまな寓意もあり得るが、それを云々するのは野暮である。


438/ryougami 35

句集『両神』ー6

新聞全面落花の写真葦男亡し
昭和61〜平成7
1986~1995
67〜76歳
鑑賞日
2005年
8/4

 〈堀葦男他界〉と前書

 金子兜太には追悼の句が多い。その中から私が選んで鑑賞する句もあるし選ばない句もある。何だか非情なことのように思えなくもない。追悼句を評すること自体が非情であるとも言えるし、遡れば人の死を五七五という短い言葉で片付けてしまうこと自体が非情であるとも言える。俳句=非情の文学である、と言えることになってしまう。殊に追悼句などにおいては、そこにある態度が有ると考えなければ、そのようになる。その態度とは何か。
 〈すべての物事は永遠の相の中の一つのエピソードである〉とする態度である。春になると花が咲き散る。やがて草木が枯れ冷たい雪が降る。人が生まれ猫が生まれては死んでゆく。これらすべてが永遠の相の中の一つのエピソードであるとする態度である。腹をくくった大きな態度であると言えるが、金子兜太にはそれがある。そうでなければこれだけ沢山の追悼句は作れない。
 この句においても、一人の友人が死んだという事実と、桜が咲いてそれが散っている写真が新聞に載っているという事実が淡々と語られて美しい。美しいというのは、そこに〈すべての出来事は永遠の相の中の一つのエピソードに過ぎない〉という事を感じるからである。


439/ryougami 36

句集『両神』ー6

大蕪を蹴とばす夫婦喧嘩かな
昭和61〜平成7
1986~1995
67〜76歳
鑑賞日
2005年
8/5

 自明に可笑しい。自明だから、あまり評さなくても良いのだが・・・
 大蕪を蹴とばした瞬間に自分もずっこけるとか、足を痛くしてイテテテテと喚くとか、そんな図さえ思い浮かぶ。そうなるとまさにフーテンの寅さんの味であるが、だから哀愁なども漂ってくる。
 滑稽を味わっていると必ずそこに哀しみが感じられてくるというのは不思議なことではある。不思議ではあるがそうなのである。つまり滑稽は人間の深いところを打ち得るのである。フーテンの寅さんが人気があったのもその故であろうし、俳句に於て滑稽が一つの要素として重んじられるのもその故かもしれない。


440/ryougami 37

句集『両神』ー6

人過ぎて白百合咲いて老母眠る
昭和61〜平成7
1986~1995
67〜76歳
鑑賞日
2005年
8/6

 最近、中村草田男の句を読みはじめている。魅かれるものもあり、上手いなあと思う秀句もたくさんある、しかしどこか息苦しいものがある。何故息苦しい感じがあるのか、多分その一つの要素は、土の匂いがあまりしないということである。その点、兜太や一茶には土の匂いがして息がつけるのである。芭蕉はどうか、彼を読んでいても息苦しさは無い。しかし土の匂いはあまりしない。土の匂いはあまりしないが芭蕉には旅人の匂いがある。旅人の匂いがあるから芭蕉を読んでいても心が広がる感じがあるのである。土の匂い・旅人の匂い、考えてみれば兜太にはこの二つの匂いがともにする(兜太の場合は漂泊者の匂いと言った方が適切かもしれないが)。もちろん中村草田男が一級の詩人であることは間違いない。
 詩人・旅人・土の匂い、などの要素を持つ俳人が好きなのであるかもしれない。
 この掲出句などに於ては、これらの要素が全てほんのりと有って、美しい情感が醸し出されている。

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