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金子兜太全句集鑑賞456〜460(『東国抄』1〜5)
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句集『東国抄』 |
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よく眠る夢の枯野が青むまで
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平成7〜平成12
1995~2000 76〜81歳 |
鑑賞日
2005年 8/24 |
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今日から句集『東国抄』の鑑賞になるのであるが、まだ『両神』の余韻を引きずっている。金子先生は私の父とだいたい同じ世代であり、『両神』あたりから殆ど私の知らない境涯に踏み込んでいる気もして、鑑賞が独りよがりになっている可能性もあるのではとの危惧もある。いやそんなことはない、俳句の鑑賞は年齢には関係ないという思いもある。その辺りの私の心の揺れがあるのである。 この句は『東国抄』の冒頭の一句である。実際この句に表明されている境涯感は私の手の届かない所にある気もする。静かで、美しい。幼子が持つような無垢な感じもあり、心が癒される。 |
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句集『東国抄』 |
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夢の中人人が去り二、三戻る
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平成7〜平成12
1995~2000 76〜81歳 |
鑑賞日
2005年 8/25 |
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昨日鑑賞した句との関係で頂いた。だから私のはなはだ飛躍した想像力による鑑賞である。 俳句は詩である。だから私の鑑賞も往々にして詩であり想像力の産物であることは理解していただきたい。そして詩と現実のどちらがリアリティーがあるのかという問題もある。 |
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句集『東国抄』 |
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海鳥の糞にたんぽぽ大楽毛
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平成7〜平成12
1995~2000 76〜81歳 |
鑑賞日
2005年 8/26 |
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〈霧多布岬 五句〉と前書のある二句目。〈大楽毛〉は[おたのしげ]とルビ 「大楽毛」とは釧路市にある地域の地名である。地名と句の内容があまりにぴったんこなのでビックリする。海鳥の糞にくっついたたんぽぽの毛が風に楽しげにそよいでいる景色が見えてくる。「海鳥の糞にたんぽぽお楽しげ」でも十分に楽しいが、「おたのしげ」が地名であることによって、その楽しさがよりリアリティーのある映像となってくる。大楽毛という土地が人々の心の中に永遠のものとなって固定されたと見ても大げさではない。 |
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句集『東国抄』 |
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材木が新鮮鼻ににきびかな
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平成7〜平成12
1995~2000 76〜81歳 |
鑑賞日
2005年 8/27 |
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「材木が新鮮」であるという事を「鼻ににきび」ができるという表現が実によく形容している。切り出してからあまり経ってない木の製材木はとても良い匂いがして、木の種類によっては脂が吹き出したりもする。その臭感覚のよく働いた句である。 |
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句集『東国抄』 |
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蕉門に嵐蘭ありき一人静
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平成7〜平成12
1995~2000 76〜81歳 |
鑑賞日
2005年 8/28 |
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「一人静」という花の持つ象徴性がこの句の魅力である。作者が受け取っている嵐蘭像がこの言葉から滲みでている。 秋風に折れて悲しき桑の杖 芭蕉が「桑の杖」、兜太が「一人静」と譬えたこの嵐蘭という人物に興味が湧く。
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