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金子兜太全句集鑑賞456〜460(『東国抄』1〜5)

456/tougokushou 1

句集『東国抄
1 
六十二句

よく眠る夢の枯野が青むまで
平成7〜平成12
1995~2000
76〜81歳
鑑賞日
2005年
8/24

 今日から句集『東国抄』の鑑賞になるのであるが、まだ『両神』の余韻を引きずっている。金子先生は私の父とだいたい同じ世代であり、『両神』あたりから殆ど私の知らない境涯に踏み込んでいる気もして、鑑賞が独りよがりになっている可能性もあるのではとの危惧もある。いやそんなことはない、俳句の鑑賞は年齢には関係ないという思いもある。その辺りの私の心の揺れがあるのである。
 さあ、しかし勇気を持って鑑賞を続けることにしよう。

 この句は『東国抄』の冒頭の一句である。実際この句に表明されている境涯感は私の手の届かない所にある気もする。静かで、美しい。幼子が持つような無垢な感じもあり、心が癒される。
 この句が芭蕉の「旅に病んで夢は枯野をかけめぐる」を連想させることは確かである。芭蕉のこの句が芭蕉の最後の句であることなどを考えると、私には次のようなロマンが生れる。・・・兜太は芭蕉の生まれ変わりであり、前世に於て解決し得なかった問題を今生に於て解決している・・・というロマンである。それだけこの両句の関係は深く、しかも兜太の句は芭蕉の句に対する返答であるような感じを受けるのである。芭蕉の句に於ける、どうにもならない魂の放浪感。それに対して兜太の句は、癒しの光に満ちている。


457/tougokushou 2

句集『東国抄
1 
六十二句

夢の中人人が去り二、三戻る
平成7〜平成12
1995~2000
76〜81歳
鑑賞日
2005年
8/25

 昨日鑑賞した句との関係で頂いた。だから私のはなはだ飛躍した想像力による鑑賞である。
 この夢を見ているのは芭蕉であり兜太である。師と弟子の関係を思わざるを得ない。芭蕉にはたくさんの門人がいた。しかし彼等のうち何人が真に芭蕉を理解し得ただろうか。はなはだ疑問である。芭蕉の死後、彼等の多くは去ってしまった。・・・輪廻転生・・・兜太の真の理解者(真の愛人と言ってもいい)はどのくらいいるだろうか。それは多分せいぜい二、三といったところなのではなかろうか。

 俳句は詩である。だから私の鑑賞も往々にして詩であり想像力の産物であることは理解していただきたい。そして詩と現実のどちらがリアリティーがあるのかという問題もある。


458/tougokushou 3

句集『東国抄
1 
六十二句

海鳥の糞にたんぽぽ大楽毛
平成7〜平成12
1995~2000
76〜81歳
鑑賞日
2005年
8/26

 〈霧多布岬 五句〉と前書のある二句目。〈大楽毛〉は[おたのしげ]とルビ

 「大楽毛」とは釧路市にある地域の地名である。地名と句の内容があまりにぴったんこなのでビックリする。海鳥の糞にくっついたたんぽぽの毛が風に楽しげにそよいでいる景色が見えてくる。「海鳥の糞にたんぽぽお楽しげ」でも十分に楽しいが、「おたのしげ」が地名であることによって、その楽しさがよりリアリティーのある映像となってくる。大楽毛という土地が人々の心の中に永遠のものとなって固定されたと見ても大げさではない。
 多分、大楽毛という土地を訪ねてみても、この句からイメージできるような土地ではないかもしれない。詩の現実と現実の落差を感じてがっかりするかもしれない。実際、この世に詩の現実というものがなかったら息が詰まってしまうことは確かである。


459/tougokushou 4

句集『東国抄
1 
六十二句

材木が新鮮鼻ににきびかな
平成7〜平成12
1995~2000
76〜81歳
鑑賞日
2005年
8/27

 「材木が新鮮」であるという事を「鼻ににきび」ができるという表現が実によく形容している。切り出してからあまり経ってない木の製材木はとても良い匂いがして、木の種類によっては脂が吹き出したりもする。その臭感覚のよく働いた句である。
 「鼻ににきび」とさりげなく書いているが、この匂いの感覚を物で表現するための工夫であるような気がしてならない。上手いものである。
 昨日の「海鳥の糞にたんぽぽ」もこの「鼻ににきび」もそれぞれ、「大楽毛」「材木が新鮮」から受けた感覚を表現するためのテクニックのような気もするし、実際にそういう事実があったような気もする。このあたりが老練ということかも知れない。虚実皮膜の間に真実がはっきりと見える。


460/tougokushou 5

句集『東国抄
1 
六十二句

蕉門に嵐蘭ありき一人静
平成7〜平成12
1995~2000
76〜81歳
鑑賞日
2005年
8/28

 「一人静」という花の持つ象徴性がこの句の魅力である。作者が受け取っている嵐蘭像がこの言葉から滲みでている。
 嵐蘭は芭蕉の最古参の門人の一人で、板倉医に仕えた三百石取りの武士であるが、老荘思想を通じて芭蕉と意気投合していた。芭蕉五十歳の時に四十七歳で急逝した。その時の芭蕉の句に次の二句がある。

秋風に折れて悲しき桑の杖
見しやその七日は墓の三日の月    (『芭蕉全句鑑賞』812〜813参照

 芭蕉が「桑の杖」、兜太が「一人静」と譬えたこの嵐蘭という人物に興味が湧く。


「一人静か」http://www.geocities.jp/toronto4ujp/tanka05.htmlより

 

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