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金子兜太全句集鑑賞471〜480(『東国抄』16〜25)

471/tougokushou 16

句集『東国抄
2 
五十二句

冬草の茫茫たるを人は愛づる
平成7〜平成12
1995~2000
76〜81歳
鑑賞日
2005年
9/8

 〈愛〉は[め]とルビ

 そう言われてみれば、冬草の茫茫たるを私も愛づるなあ、と思う。年のせいもあるのだろうか。いやそればかりとは言えない。その何も無さが良いのだ。例えば砂漠。例えば海原。これらを愛づる気持には共通するものがある。深い処で人間の郷愁を誘うのだ。人間はそもそも何もない処からやって来て、結局何もない処へ帰ってゆくのだから。
 私も絵を描いていて、何も描かないキャンバスの方が美しいなあと思うことがある。また、ほとんど何もないような絵を描いてみたいと思うこともある。そんな絵がなかったかと撮ってある絵の写真を探してみた。下の絵などは何もないものに少しは近づいているかなと思う。


472/tougokushou 17

句集『東国抄
2 
五十二句

俳縁の空気旨しと春あけぼの
平成7〜平成12
1995~2000
76〜81歳
鑑賞日
2005年
9/9

 「俳縁の空気旨し」、確かにそうである。人と人との関係に於て、その間に俳句が挟まることによって旨い人間関係となる。俳句が挟まることによって、なあなあベタベタの関係にはならないし、同じ舟に乗っているからそこに親密感もある。
 そもそも俳句は、自分を見つめ探り、自然や人間を感じ、それを短い言葉で表現することであるから、基本的に他者との競争ではない。また作品を句会やその他の場所で他者と共有することから、そこに共生感や切磋琢磨の感覚も生れる。その微妙なところが「俳縁の空気旨し」なのであり、まさに「春あけぼの」のほわあっとしたような妙にうずうずしたような嬉しい感覚なのである。


473/tougokushou 18

句集『東国抄
2 
五十二句

里から来て山青しとす熊ん蜂
平成7〜平成12
1995~2000
76〜81歳
鑑賞日
2005年
9/10

 この一句前に

連翹を走りぬけたる猪(しし)の震え

というのがあって、どちらを取ろうか迷っている。どちらも同じ世界なのである。有名な「梅咲いて庭中に青鮫が来ている」に通じるアニメーションの世界である。とても質の良い映像の世界である。
 アニメーションは漫画に通じていくものであるが、昨今の漫画ブームは大したものである。郊外に新しくできる大型の古本屋の一階部分は殆どが漫画である。これはもう一時的なブームではなく、これからの文化を担う一つの分野かもしれないなどと思う。私はあまり読んだことがないが、絵の質から言えば昔の手塚治虫や白戸三平の品に並ぶものは少ない気がする。
 またアニメーションはアニミズムにも通じる。古い年代に属する人は漫画やアニメーションを文化の現れとしては少し低いものと見がちであるが、そうではない。私はその大衆性や直接視覚に訴えてくる原始性に大いなる可能性さえ感じている。ただ成熟した大人を満足させるものはまだ少ないとは思う。
 金子兜太の句に於けるような映像の質を漫画やアニメーションで実現できればなあ、などと夢想している。


474/tougokushou 19

句集『東国抄
2 
五十二句

孫は夜更かし朝寝で透き通り
平成7〜平成12
1995~2000
76〜81歳
鑑賞日
2005年
9/11

 〉は[さより]とルビ

 大辞林によるとは---ダツ目の海魚。全長40センチメートルほど。体形は細長く、下あごが長く突き出ている。体色は背面が濃青色、腹面は銀白色。春先がことに美味。サハリンから台湾にかけて分布、汽水域にも現れる。ハリウオ。[季]春。---とある。

(さより)

http://www.kikkoman.co.jp/
ohashi/shun1/2/img2/f011.html
より

 とにかく、孫をさよりという魚に譬えたのが新鮮で面白く、「透き通る」という形容もさよりと孫の両方に共通する質のような気がする。私には孫はいないが、そのような気がするのである。


475/tougokushou 20

句集『東国抄
2 
五十二句

しんかんと春の渚に人の糞
平成7〜平成12
1995~2000
76〜81歳
鑑賞日
2005年
9/12

 春の渚に人の糞がある。それを「しんかんと」という擬態語で捉えた感覚が面白い。面白いと言っても、それは作者の質から来ている言葉であるから真似のできることではない。
 この「人の糞」の存在感は大したものである。華やいだ春の渚がそのために静まり返ってしまっているようだ。
 春の渚の人の糞をこのような感覚で捉える作者はどんな質を持っているのだろうか。

 ・・・宇宙は分割され得ない一であるから、その各々の要素としての存在物に価値の優劣はない、と奥深いところで意識している人間が、この相対的な価値観で成り立っている世界を眺める時に、このような感覚が時たま起る。・・・というのが私の推論である。


476/tougokushou 21

句集『東国抄
2 
五十二句

雨蛙退屈で死ぬことはない
平成7〜平成12
1995~2000
76〜81歳
鑑賞日
2005年
9/13

 「ヨウヘイ」という猫を飼っている。メス猫で多分十二歳くらいだからお婆さんである。年を取ってからこの猫、やけに甘えん坊になってきた。家族の側に張り付いていることが多い。一番面倒なのは、餌を私にねだることである。餌を入れる皿にまだ餌が入っているのにニャーニャーとねだるのである。私が餌が無くなったのかなと思って猫と一緒に餌の皿の所まで行ってやると、そこで少し食べるのである。これが一日に何回もあったりする。要するに、私にかまってもらいたいのである。
 この猫、不妊手術をしているし、近所に遊び相手もいないし、最近はあまり鼠も出てこなくなったので退屈なのである。あまり煩わしい時は言ってやりたい、「退屈で死ぬことはない」と。

ヨウヘイ

私がパソコンで書き物
などをしている側に張り
ついている。

 しかし、考えてみれば、ヨウヘイだけではない。私自身も小さい頃の記憶として、母にしばしば「つまんないよう」と訴えていた記憶がある。この記憶は私の中でかなり鮮明なものなので、私の性格の特徴ではないかと思えるくらいである。母がその時にどのように答えてくれていたか忘れたが、かなり忙しい母だったので、適当にあしらわれていた可能性はある。そして多分にこの性格は現在も引きずっていて、常に何かをしていなくてはいられない私なのである。
 あの時に、もし母が「退屈で死ぬことはない」とはっきりと言っていてくれたなら、私も納得して、私の人生ももう少し落ち着いた穏やかな歩みであったかもしれない、などと思えてきたりもする。

 この句、もしかしたら金子先生も私と同じような部分があって、「退屈で死ぬことはない」と自分に言い聞かせているような雰囲気を持っている。雨が降っている日はことに退屈な場面が多い。雨蛙を見ながら、あるいは自分を雨蛙に譬えて、そう言っている雰囲気がある。


477/tougokushou 22

句集『東国抄
2 
五十二句

生きてあり越冬つばめ眼を閉じて
平成7〜平成12
1995~2000
76〜81歳
鑑賞日
2005年
9/14

 しみじみとして、しかも運命に身を任せたようなさっぱり感のある良い句である。

 しかしどこか演歌臭いと思って検索してみると、森昌子に「越冬つばめ」という曲があることが分った。私の頭の片隅にこの演歌のことがあったのかもしれない。この演歌の歌詞は次のようである。

越冬つばめ(作詞:石原信一/作曲:篠原義彦/編曲:竜崎孝路)

娘ざかりを無駄にするなと
時雨の宿で背を向ける人
報われないと知りつつ抱かれ
飛び立つ鳥を見送る私
季節そむいた冬のつばめよ
吹雪に打たれりゃ寒かろに
ヒュルリ ヒュルリララ
ついておいでと啼いてます
ヒュルリ ヒュルリララ
ききわけのない女です

絵に描いたような幸せなんて
爪の先ほども望んでません
絡めた小指互いに噛めば
あなたと痛み分け合えますか
燃えて燃え尽き冬のつばめよ
亡骸になるならそれもいい
ヒュルリ ヒュルリララ
忘れてしまえと啼いてます
ヒュルリ ヒュルリララ
古い恋ですか 女です

ヒュルリ ヒュルリララ
ついておいでと啼いてます
ヒュルリ ヒュルリララ
ききわけのない女です

 まことに演歌らしい現実離れした歌詞である。この演歌のことを思うと、その視点でこの句を考えてしまい、鑑賞の邪魔になってしまうのである。この演歌の発売は1994年6月であるから、もしかしたら金子先生も「越冬つばめ」という言葉をこの演歌から拝借したのではないかとも思える。掲出句から8句目に「北風のひゆーらひゆーらと愚禿なぶる」という句があるのであるが、この「ひゆーらひゆーら」という言葉もこの森昌子の演歌の「ヒュルリ ヒュルリララ」という言葉に似ているから、この句を作った頃に金子先生もこの演歌を耳にしていた可能性もある。
 しかし、どこから取材したにせよ。この演歌のことは忘れて

生きてあり越冬つばめ眼を閉じて
北風のひゆーらひゆーらと愚禿なぶる

を鑑賞すれば、これは見事に金子兜太の句であると言えるし、二句目などはむしろこの演歌を踏まえて鑑賞したほうが、よりおどけの味が加わって面白い。


478/tougokushou 23

句集『東国抄
2 
五十二句

秋の花すべてが消えて初日かな
平成7〜平成12
1995~2000
76〜81歳
鑑賞日
2005年
9/15

 「よく眠る夢の枯野が青むまで」とほぼ同じような心境を感ずる句である。とても好きである。
 自然全体や時間の流れが無理なく大きく把握されている。そして、日々が新しいという感じ。この感じが素晴らしい。生れ変わるということは実はこういうことではないかと思えてくる。何も肉体の死後に生れ変わるというのではなく、常に生れ変わるということ。年のことを云々するのは本質的ではないが、この年でこの新しい時間感覚を持てるということに憧れがある。いや、多分この感覚は若い人は持ちえないだろう。いやいや、多分肉体年齢とは関係ない。

 句は淡々とした流れるような悟境であるが、そこに仄かな色彩と香りと艶があり、とても品のある良い句である。


479/tougokushou 24

句集『東国抄
2 
五十二句

第一級の寒波です能登の酒いかが
平成7〜平成12
1995~2000
76〜81歳
鑑賞日
2005年
9/16

 〈悼杉森久英先生 三句〉と前書のある三句目

 句には書かれていないが、私には墓石を前にして酒をその墓に供えている作者の姿と、作者の親しみのある眼差しを感じる。厳しい寒さではあるが、どこか明るくて清い光を感じるのは杉森久英氏という人物像の反映なのだろうか。「・・です能登の酒いかが」という言い方に杉森久英氏に対する作者の共感と親しみのある尊敬の気持が出ていて心和むものがある。
 ちなみに杉森久英は石川県生まれの小説家・評論家である(1912〜1997)。次ぎの二句が掲出句に先行する。

空つ風痩身の師の飄とありき
自由人なる師の面影と月明り


480/tougokushou 25

句集『東国抄
3 
五十二句

白梅散り牛山を行き一と日経る
平成7〜平成12
1995~2000
76〜81歳
鑑賞日
2005年
9/17〜19

 〈経〉は[へ]とルビ

 この時間の流れのゆったりとした感じがとても好きである。白梅散り、牛山を行き、一と日経る、と全て動詞形で書かれている中に、どこか桃源郷の時間の流れを思わせるものがある。
 そして、物事をあまり関連づけて考えてはいけないとは思いつつ、私にはこの句から、やはり全句冒頭の「白梅や老子無心の旅に住む」が否応なしに連想されるのである。いろいろな言葉が符合して、私の中に楽しい物語ができ上がってしまうのである。

白梅や老子無心の旅に住む
白梅散り牛山を行き一と日経る

と並べて眺めているだけで楽しい。

9月18日
 老子という人物の生涯は不明であるという。その実在さえもはっきりしたものではないらしい。しかしこれは歴史的な見方である。
 事実には二種類ある。歴史的事実と神話的な事実である。老子の存在は神話的な事実に属する。物事を歴史的に把握するということと神話的に把握するということは全く相容れない。科学と宗教が相容れないようなものである。しかし双方とも現に存在するのであり、片方が他方を否定すべきものではなく、その両方を共に生かして行くべきものと考えている。こんな前置きをすること自体辛いものがあるが、言いたいことは、老子は私にとって実在する者である、ということである。

 老子はその長い生涯に於て、教えを文章にすることはなかった。しかし彼がこの歴史から姿を消す最後の時に、彼は歴史的にはこの世の何処へともなく消えたのであるがその前に、関所の関守の懇願によって『老子』すなわち『道徳経』一巻を書いて、何処へともなく立去った。
 その『道徳経』の冒頭の部分は印象的である。この部分だけはよく覚えている。
 道可道非常道 --表現され得るような真理(道)は絶対の真理ではない--
である。真理は語り得ないと言っている。これに続く彼の『道徳経』一巻を全て反故にしてしまうような言葉である。世の全ての傲り高ぶりを戒める言葉であり、存在の神秘を表現した言葉である。
 とにかく、この言葉から始まる五千文字の『道徳経』を書いてから、かれは何処かへと立去ったのであるが、その時に牛に乗っていたというのである。

http://www.sinorama.com.tw/jp/1999/199902/802078j1.html
より

9月19日
 
老子というと牛というイメージはある。馬でも象でも獅子でもなく牛である。ゆったりとした歩みという感じ、そんなに目立つわけではなく一見普通の感じ、その穏やかさ、などからそのように思うのかもしれない。そして老子が牛に乗って去ったという伝説からも、また私にとっては印象的な「白梅や・・」の句からも、この句に老子の物語を重ね合わせてしまうのである。
 「・・・白梅や老子無心の旅に住む・・・これは老子の生を扱ったものである。老子は十全に無心にその生を生きました・・・白梅散り牛山を行き・・・これは老子の死を扱ったものである。老子は牛に乗ってこの世とあの世の境の山を越えて行きました。・・・一日経る・・・人間の生も死も永遠の立場から見れば、ほんの一日に過ぎない・・・」という物語である。・・・そして老子は今もそしてずっと生きている・・・

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