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金子兜太全句集鑑賞611〜620( 句集後 73〜82)

611/kushuugo 73

句集後
「海程」405号/東国抄184

ここだくの柚子の口付け風呂の中
「海程」の発行
平成16年8月
(2004)85歳
鑑賞日
2006年
2/15

 たっぷりと、ゆったりとした時間、豊かさ、生。そんなものを感じる。
 「ここだく」というのは、私などは初めてお目にかかった言葉であり、辞書で引くと〈たくさん〉という意味であるらしい。多分古語なのであろうか、そんな古の言葉の作用もあってか、また柚子湯というお洒落な日本の習慣の所為もあってか、この豊かさは個人のものというだけではなく、人間の文化そのものが豊かなのだという感覚も起る。また「ここだくの柚子の口付け」という言い方で、自然の豊かさ、そしてその自然の中に受け入れられている喜びを感じるのである。


612/kushuugo 74

句集後
「海程」405号/東国抄184

穴惑吾を訪ねきて歎く
「海程」の発行
平成16年8月
(2004)85歳
鑑賞日
2006年
2/16

 季語のことを知らない一般的な人が〈蛇穴に入る〉や〈穴惑い〉という言葉を耳にしたら、卑猥な連想をするに違いない。つまり蛇は男根の象徴であり、穴は女陰を表現していると言えるからである。
 〈蛇穴に入る〉という季語の意味は「冬眠をするために、ヘビは穴に入る。秋の彼岸を過ぎてもまだ穴に入り損なっているヘビを、穴惑いという。」(『現代俳句歳時記』金子兜太篇)などというあっさりした意味である。
 もちろん本来の季語の意味でこの季語を使う人が殆どだろうが、したたかな俳人は最初に言った意味を故意に含ませて使うこともあるに違いない。そんなふうにもとれる俳句を集めてみた。

蛇穴に清(さや)と伏せたる睫毛かな     田口満代子
蛇穴に入りゆくさまをよそながら       長谷川双魚
蛇穴を出づ焦げ臭きところより         岸田稚魚
 〈蛇穴を出づ〉は春の季語
山中に解脱して蛇穴に入る           村越化石
蛇穴を出て見れば周の天下なり         高浜虚子
蛇穴に留守番電話作動中            中村ふみ
蛇穴に入りて地底の熱くなる          松田秀一
蛇穴を出てコーヒーを買いに行く        村上哲史
蛇穴を出でてうつとりしてゐたり        仙田洋子
蛇穴を出でて嘆きをまだ知らず         仙田洋子
蛇穴に入り自然薯太りけり           太田耳動子
蛇穴に入る時曼珠沙華赤し           正岡子規
蛇穴を出でて最初に舌を出し          稲畑廣太郎
蛇穴に入る、少年は間違へる          櫂未知子
蛇穴に入り思慮深くなりにけり         大口公恵
蛇穴を出でて鳥獣戯画の寺           藤原照子
蛇穴に身の閂は外されぬ            稲垣きくの
少しづつ身を押して蛇穴に入る         永田耕一郎
蛇穴に狂はぬための眠りかな          藤山八江
蛇穴を出て神木の枝の先            黒田杏子
蛇穴を出づるに蹠こそばゆき          櫛原希伊子
蛇穴に入る太陽は海に濡れ           佐野美智
蛇穴を出れば飛行機日和也           幸田露伴
蛇穴にこの日わが影実に濃し          栗林千津
蛇穴にいくつも顔が出て消えぬ         攝津幸彦
蛇穴を出て洞然と滝の音            辻桃子
山中に解脱して蛇穴に入る           村越化石
蛇穴に入るをこばめる神楽かな         原裕 正午
そそくさと蛇穴に入る海蔵寺          ももすずめ
帰り行く闇を探して穴惑            満田春日
穴惑草にひきずりこまれけり          きちせ・あや
所在なく穴惑とも対峙せむ           岡田順子
やぶにらみかも知れざりし穴惑         亀田虎童子
ものおもふ長きにをりて穴惑          下田稔
おしやべりの尽きぬ女に穴惑          影島智子

 くたびれた。何だかフロイトの気分になってきた。

 さて掲出句であるが、やはり二つの意味に取れるのであるが、あまりフロイト的な気分(すべての物事を性に結びつけて考える)になったので、本来の意味である蛇そのものが自分を訪ねてきて嘆いたという解釈が好ましくなってきた。


613/kushuugo 75

句集後
「海程」405号/東国抄184

押し突きの力士桐の花了る
「海程」の発行
平成16年8月
(2004)85歳
鑑賞日
2006年
2/17

 元来私は、意味の支えがあってしかも感覚的に魅力ある句を取り上げる傾向にあったが、この句などは感覚的なものだけで取り上げている。「突き押しの力士」と「桐の木」あるいは「桐の花」のスッとしたようなすがすがしい感じが私のなかのどこかで響き合うのである。
 そういえば最近の私の絵などは、意味を離れて感覚的なものだけになっているとも言えるかもしれない。意味があるとしたら〈空音〉という意味があるだけである。二つばかり


614/kushuugo 76

句集後
「海程」405号/東国抄184

藻の揺れに呼ばれ麦秋の日本海
「海程」の発行
平成16年8月
(2004)85歳
鑑賞日
2006年
2/18

「藻の揺れ」、「麦秋」、「日本海」、すべてに快い揺れがある。全体でも「藻の揺れに呼ばれ麦秋の日本海」に来たという動きに快い漂泊感がある。詩人だなあと思うし、自分の生の流れが自然の流れと一致しているなあと思う。

 兜太における“漂泊”には自然との“合一”があるから、芭蕉の“旅”のような悲壮感がない。兜太の言う〈定住漂泊〉、〈天人合一〉というような言葉の意味を味わっている。


615/kushuugo 77

句集後
「海程」406号/東国抄185

黄揚羽寄り来原子公平が死んだ
「海程」の発行
平成16年10月
(2004)85歳
鑑賞日
2006年
2/19〜20

 〈原子公平死す 五句〉と前書のある一句目

 私は死というものに敏感である。それが私の特徴だといってもいいくらいである。だから、このような最近の悼句を評することは特別な気持ちがする。
 この句は透明である。原子公平の死が直に見えるのである。句の技術的な上手さなどは言うまい。作者の真情である。いや作者自身透明になっているといってもいい。だから原子公平の死が直に伝わってくる。

原子公平が死んだ












2月20日

 このような句を読むと、俳句というのは何も書かれていない部分を味わうものだという気がする。つまり“切れ”ている空間である。この句においては「黄揚羽寄り来」という言葉と「原子公平が死んだ」という言葉の間にとても大きな味わい尽せない空間があるわけである。(上の空白の部分はそれを表現したつもりではある)
 しかし「黄揚羽寄り来」という言葉と「原子公平が死んだ」という言葉が全く無関係のものなら、この空間は生まれない。そこが俳句の難しいところでもあるが、この無垢な無限の空間を味わうために俳句をやっているといっても過言ではないのである。
 この“切れ”の空間のことをあれこれ言うと、俳句の持つ味を限定してしまうことになるのであるが、何かしら言わねばという思いもあり、あえて言うのであるが、この「黄揚羽」の持つ質と「原子公平」の持つ質が響いているのではないかと感じ、また「寄り来」という言葉などから兜太と公平の友人としての関係の深さを想像してしまうのである。
 この大きな空間のことを考えながら、原子公平の句をネットで検索してみた

下呂の湯とろりと古酒の味して更けにける
茄子漬のこの色留守の母に告げん
酒を止めずに転生願う神の留守
秋郊や祈れるごとく人佇てる
焼跡に赤まま咲けり爛漫と
生きて恋して流星の曳く微光年
ラムネで乾杯して涙ぐむ大晴天
旱雲犬の舐めたる皿光る
禍福なし小箱に紫蘇を育てつゝ
戦後の空へ青蔦死木の丈に充つ
水鶏一つ鳴くには広き月夜かな
悔しまぎれの草矢よく飛ぶ敗北なり
私の前を私が歩く月見草
妻は恋人一人静の深山口
風光る路上の喧嘩見て過ぎぬ
みどり児の指甘ければ水温む
草いきれ貨車の落書走り出す
海軍のような青空苺を染め
同じ大地に地雷は眠り麦は芽に
禍福なし小箱に紫蘇を育てつゝ
甘酒啜る一時代をば過去となし
友へ文白ら息こめて封をなす
母の瞳にわれがあるなり玉子酒
あたたかな緋鯉集ひぬ一と餌に
白紙に委任の愛の手形ぞサフランは
春燈下正座して夢見ておりぬ
水温むうしろに人のゐるごとし
良く酔えば花の夕べは死すとも可
灰皿に小さな焚火して人恋う
春愁や一升びんの肩やさし
手で磨く林檎や神も妻も留守
彼方の男女虫の言葉を交わしおり

 ・・・黄揚羽寄り来原子公平が死んだ・・・


616/kushuugo 78

句集後
「海程」406号/東国抄185

炎暑の白骨重石のごとし盛り上る
「海程」の発行
平成16年10月
(2004)85歳
鑑賞日
2006年
2/21

 〈原子公平死す 五句〉と前書のある三句目

 掲出句も含めて、この前書のある二句目から四句目までを列記してみる

炎昼の荼毘白骨となり現(あ)れしよ
炎暑の白骨重石のごとし盛り上る
炎昼の友の白骨は気なり

 これらを読むと実に不思議な感じがする。白骨が霊性を帯びて光っているという感じがする。白骨=魂、すなわち物質=魂という感じに至る。さらに突きつめると、物も魂も全てひっくるめて一つの存在である、という一元論的な感じに至る。
 私も最終的には一元論を支持するし、若い旺盛な時にはそれを強烈に実感もした。しかし穏やかな心境の現在では、私の一元的な把握は、ただ「そうである」という認識があるだけであり、実感を伴う激しいものではない。
 この三句には存在の本質に迫る詩人の透徹した感性があり圧倒される。金子兜太は大したものである、というのが実感である。


617/kushuugo 79

句集後
「海程」406号/東国抄185

「夕べに白骨」などと冷や酒は飲まぬ
「海程」の発行
平成16年10月
(2004)85歳
鑑賞日
2006年
2/22

 〈原子公平死す 五句〉と前書のある五句目

 「夕べに白骨」とは蓮如の言葉であるらしい(参照『白骨の御文』)。要するに人間は「・・・朝には紅顔ありて夕べには白骨となれる身なり・・」ということで、この世は無常人生は無常であるから、後生を願って阿弥陀仏にすがりなさいよ、という意らしい。いかにも偉い坊さんの言いそうなことで、宗教ビジネスの広告文のようなものである。脅しをかけておいてから、それにたいする処方箋を示す、あらゆるビジネスの常套手段である。これは私のいわゆる宗教に対する文句である。

 さて掲出句である。「人生は無常だなあなどと言って冷や酒は飲まないぞ」という意味にとっていいだろう。人生は無常、それは確かにそうである。しかし〈無常観〉というのは曲者である。一般的には〈なぐさめ〉、〈敗北主義〉、〈権威にすがる依存心〉のようなものであるにすぎない。作者はそんなものには落ち入らないぞというガッツを示している。気持ちがいい。


618/kushuugo 80

句集後
「海程」407号/東国抄186

癌と同居の妻に太平洋は秋
「海程」の発行
平成16年11月
(2004)85歳
鑑賞日
2006年
2/23

 とても良い句であり、とても好きな句である。


619/kushuugo 81

句集後
「海程」407号/東国抄186

螢火や人の眼の茫と哀しき
「海程」の発行
平成16年11月
(2004)85歳
鑑賞日
2006年
2/24

 「人の眼の芒と哀しき」、この微妙な言い回しが魅力である。人と自分と自然と混然と哀しく愛しく、それらが「螢火」に照らされていて美しい。文の構造をはっきり説明できない句であるが、そのこと自体がこの人の世の自然の哀しく愛しい姿をそのまま映し出している気もする。叙情というのはこのようなことかもしれない。


620/kushuugo 82

句集後
「海程」407号/東国抄186

ゆつくりと飯噛む天道虫と居て
「海程」の発行
平成16年11月
(2004)85歳
鑑賞日
2006年
2/25

 〈噛〉は旧字体

 我が家はいわば雑穀主義である。主食としては米・麦・粟・黍・蕎麦というようなものを食う。これは特に建康のためというよりは、これら(米を抜かして)が自分の畑で獲れるからである。そして玄米は今でも時々食うし、一頃は玄米を毎日食べていた。ちなみに玄米は小豆と炊き合わせてごま塩をかけて食べるのが一番美味い。そしてこの玄米を美味く食べるコツはよく噛むということである。よく噛まなければ玄米食の醍醐味はわからない。そして玄米食は肉・魚と相性が良くないので肉・魚を食べることが少なくなる。まさに賢二の言った「一日に玄米四合と味噌と少しの野菜」で足りてしまうのである。また、ある人の試算では、肉食中心の食事をするのと玄米菜食をするのとでは耕地の必要面積が60対1くらいなのだそうであるから、これからの時代玄米菜食や雑穀主義というようなものを考慮に入れたらいかがなものかと思うのである。
 この玄米菜食というようなことで一番の問題は、その味ではなくて(味に関しては玄米は充分に美味い)それを食べる人の生のリズム感にあると言える。ゆったりとした大地のリズム感で生きていないとなかなか玄米菜食は無理である。このリズム感は簡単に言うと「ゆっくりと噛む」という表現で表されると私は思うのである。

 さて、金子先生が玄米食であるかどうかは別にして、このような句を読むと金子先生は大地のリズム感というものを心得ておられるという気がしてくる。そしてそれは意識してなされているものだというのは587の観賞で取り上げた句や、この掲出句の次に出てくる句を読めば解る気がする。すなわち

飯を噛む北風吹けば更に噛む
走らない絶対に走らない蓮咲けど

等である。

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